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三回目のお正月編 5 湯上がりの君を捕まえた
旅行に行こうって決めたのは、君と過ごす三回目の年越しをとても楽しいものにしたかったから。
でも、俺には、君に内緒でもう一つ、旅行に行きたい理由があったんだ。
「えー、今なら空いてるかなぁ」
「どうだろ……知らないけど……」
「えっとぉ」
君はうちの店でもすごく人気でさ。
肉味噌おにぎりが大好物なお客さんはきっと君と色々な味噌を使った料理の話をするのが一番の目的だと思うんだ。他にも、忙しそうに店の中をあっちこっちって動き回る君とほんの一つ二つ会話ができるのを楽しみにしている人がたくさんいてさ。だから、君を攫って、独り占めしたいって思ったんだよ。
「檜の風呂、空いてますよ。さっき、その檜のところから出てきたご家族を見かけたので」
「え?」
「あ、照葉さん」
「それじゃ、失礼します」
「え? え?」
「照葉さん?」
驚いている様子の女の子を二人その場に置き去りにして、俺は公平の手を掴むと、そのままその場をあとにした。
「照葉さん? あの、照葉さんってばっ」
廊下に君の声が響く。
「照葉さんっ」
部屋の中に入った瞬間、君の声は響くことなく、部屋の中にポトリと落ちた。
「やっぱり買い物ついて行きたくて、けど、鍵、俺が預かっちゃったでしょ? これ、持って外出ちゃっていいのかとかわかんなくてさ。フロントで聞こうと思ったんだけど、フロントの人いなくて、食事したレストランの人たちも忙しそうだったから」
食事は一番早い時間帯でお願いしたんだ。レストランは満席で、俺たちは六時スタートのグループだったけれど、そのあと六時半、七時、七時半、八時って時間帯が分けられていたから、これからもっと忙しくなるんだろう。同じように接客をしているから、忙しい時の苦労も大変さも知っている公平は声をかけづらかったんだと思う。そこに同じ頃に食事を終えた女性たちが、ポツンと一人で佇んでいる公平を見つけて声をかけたんだろ。
もちろん、ちょっと邪な気持ちを持ちつつ、ね。
もしかしたら、俺たちがレストランで食事をしているにを見かけて、男二人なら、自分たち女性二人組とでちょうどいいかもしれない、なんて考えたのかもしれない。
「どうしようかなって思ってたら、さっきの人に声かけられて」
上のバーラウンジで一杯どうですか? なんて展開を思ってみたりしたのかもしれない。
「けどっ! 多分、俺じゃなくて、照葉さん狙いだよっ、俺、女に好かれるタイプじゃないし、その、大昔の、あの頃だって相手は、っ……ン」
君のその自分の過小評価する癖、直した方がいいと思うよ。君の容姿がどれだけ優れていて、それだけじゃない柔らかい笑みに、いちいち見せてくれる辿々しくも愛しくなる仕草に、どれだけ絆されてる人が多いのかを。俺ももちろんそのうちの人でさ。
だから、いつだってヤキモチする。
自分はこんなに心の狭い、寛容さゼロな男なのかと呆れるけど、でもやっぱりどうしても独り占めしたくなるんだ。
「ン……ん……」
そんな呆れられそうな気持ちが滲み出て、部屋の扉に押し付けるように抱きしめてキスをした。
「ん……ぁ、はぁ」
ちっとも太る気配のない、細い腰を引き寄せて、深い深い口づけを交わして、解けた舌先から互いの間を糸が伝ってしまったのを公平が見つめて、頬を真っ赤にしながら俯いてしまう。
「あ……も、ぉ、キス、激しい、よ」
俺の浴衣の襟にキュッとしがみつきながら。
「すぐにどっか行っちゃったの、照葉さんじゃん」
俺の胸に顔を埋めながら。
「コンビニで湯上がり美女が照葉さんをナンパしたらイヤだから追いかけようとしたのにさ」
キュッと掴んでいた浴衣の襟を手放すと、今度はその手を俺の背中に回してくれる。
「浴衣姿の照葉さん、本当、やばいんだから」
そう囁いて、俺の首にキスをくれた。
「絶対さっきの女も照葉さん狙いで声かけてるし。コンビニってすぐそこだったはずなのに、全然照葉さん返ってこないし。それこそもっと早く帰ってきたらさっきのだってなかったじゃん。もしかして声かけられたりしてた?」
「んー」
実はね……。
「声……かけられた……かな」
「え? は?」
「女性に」
「!」
実は、ちょっとだけ声をかけられたんだ。可愛らしい女性だったよ。
「八十八歳。めでたい年頃なのよって」
「……」
「それでその人おすすめの地域限定スナック菓子買ってきた」
「…………っぷ、またお菓子買ってきたの?」
だって地域限定で、地元の人からお勧めされたんだ。買わないわけにはいかないでしょ。
「もぉ……あんなにビーフシチュー食べたのに、また食べたら太るよ」
「大丈夫」
是非是非食べてねって言われたけれど、あとで……もしくは明日の帰りの電車で食べることにしようかな。
「公平の腰はすごく細いから。少し太った方がいいくらいだよ」
そう言いながら、この前、スーパーの通路でして見せたように、今度は本物の腰を両手で掴みながら、少し不器用だと言っていた君の浴衣が緩るんでしまうのも構わず引き寄せて、その裾の合間に足を割り込ませて。
「ん……照葉、さん……」
甘い君の声を聞きながら、湯上がりでいつも以上にしっとりとした肌に口づけをした。
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