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(2)桑原家の朝

「しーのっ、起きて!」  揺さぶられていた。  目の前にはのぞき込む光の顔がある。 「俺、そろそろ大学に行くから、起きて朝ご飯食べて」 「うん……」  ベッドの上に起き上がると、光が肩を抱いてくれた。 「ひどくうなされていたぞ」  紫之はうなだれる。 「またお葬式の夢見ちゃった」 「挨拶のこと? ごめんな、出しゃばっちゃって」  紫之は首を振る。 「僕は頭が真っ白で何も言えなかったから、ありがたかった。みんな光のことほめていたよ」 「でもしのは嫌な思いをしたんだろう? ごめん」  紫之は笑顔を作った。 「そんなことない」  光が紫之の髪をかき乱した。 「ありがとう、しの。そろそろ行くよ」 「うん。気をつけてね。行ってらっしゃい」  パジャマにカーディガンを着ただけで、自室を出る。  二階の洗面所で顔を洗ってタオルで拭いた。鏡に映る顔色は白く、目の下には濃い隈がある。母親似でかわいいと子どもの頃から褒められた顔も痩せてやつれた今は自分では見たくない。髪にブラシも通さず、洗面所を出て一階へ下りた。  ダイニングテーブルの上にはオムレツやトースト、スープやサラダが用意されていた。紫之は一人で温めることもなくそれを食べる。  紫之は持病のせいで味覚障害という症状を持っている。味がわからないのだから、わざわざ温める気にもならない。  光はそんな紫之の世話をよく焼いてくれる。感謝してもしきれない。  冷蔵庫には昼食がきっと入れられているし、洗濯も済んでもう干されている。紫之がするのは洗濯物の取り込みとたたむこと、自分が使った食器を洗うことくらいだ。  砂糖が入っているはずなのに甘くない、味もない冷えたカフェオレを飲みながら部屋の中を見回す。  ダイニングの白い壁の至るところに切り絵の入った額がかけられている。天使から地獄の悪魔や魔物まで。すべて紫之の作品だ。光がフレームを買って新作ができるたびに掛けてくれた。  中でもお気に入りは地獄の番犬、三つ首のケルベロスだ。何度も題材に取り上げている。

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