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② Ω性の罪

「エルンスト……」  呟くユリウスの声を無視して、エルンストは言葉を続けた。 「兄上はこの間、血液検査でΩ性だって診断されたよね? おかげで父上は大激怒だ」 「……」  エルンストの言葉に、睨むユリウスは目を伏せた。  世界中の人間が、男、女の他にα、β、Ωの計六種類に別れていることが判明して久しい。  神頼みの儀式から、急速に理論的になってきた近代技術で確定した新しい性別だ。  試薬に血液を混ぜた色で確定するαβΩ性には、それぞれ特徴があった。  名門貴族カレンベルク家にふさわしい、人を支配するのに最も適したα性。  世界の大多数を占める、β性。  そしてΩ性は、極々数が少ないものの、厄介で特殊な特徴を持っていた。  三カ月に一度、獣のように発情すれば、その間本人が心身を性的欲望に犯されて、まともに仕事もできない。  しかも、厄介なのは、それだけではなかった。  発情期のΩ性は、特殊なフェロモンを発生させるのだ。  それは男女という本来の性の垣根を軽々超える。  αやβといった、Ω以外全ての性を色香で惑わして、自分の思いのままにする魔性の体質だった。  善良で、禁欲的な者をも、発情したΩ性の魅力に抗えない。  欲情に狂ったΩの顔で『お願い』すれば誰もが首を縦に振る。  粛々とした式典や、悲しみに溢れる葬儀の最中でさえ、欲情の熱に浮かされ、手当たり次第に淫らな行為を始める下品な性の祭典となるだろう。  そんなΩ性の社会的評判は、地にめり込むほどに落ちていた。  しかも、女性のΩ性はただの『女』とそう変わりないのに対し、男性、Ω性は更に忌むべきことがあった。  男性器を持ちながら、直腸の裏に子宮を持つ男だか、女だか判らない中途半端な身体だったのだ。  α、β、Ωに関わらず、男性の性器を受け入れ、精を放たれると、女性と同じように子どもを授かってしまう可能性もある。  エルンストは、酒瓶に口をつけながら、ふ……と酔った目を細めた。 「男女性以上にαβΩ性の性差別は酷いから、確定検査は成人後、本人の意思で行わないといけないと、法律に定められているよね。  普通の一般庶民は稀なΩ性の症状……発情期が来ないと、検査なんてしないものだけど。  僕達は、名門貴族だからね。  自分の血を引いた二人の息子が、貴重なα性であることを確定させて、父上は自尊心を満足させたかったのに……」  千年続くカレンベルク家からΩ性が出た事を、当主のカールは受け入れられなかったらしい。  双子の父であり、カレンベルク家の当主だったカールは、猛烈に怒り狂った。  母上が生きていたら、自分の事は棚にあげ、浮気を疑ってその場で打ち殺していたかもね、と、ユリウスに流し眼をくれてエルンストは、低く笑う。 「αβΩ検査の結果が大幅に遅れたのは、マズかったよね?  こともあろうに、カレンベルク家を継いでから当主たる兄上、ユリウスが最低最悪のΩ性だったって判るなんて。  父上は、元気でぴんぴんしている兄上を病気に仕立てた挙句、病死の名目で暗殺しようとした……寸前。  僕がさらって間に合ったんだけど」  エルンストは、持っていた酒瓶を乱暴にサイドテーブルに置くと、長椅子から立ちあがった。 「兄上はずーっと、αβΩ性の確定血液検査を拒んで来たよね?  なぜ僕まで巻き込んで、検査を受けようとしなかったのかようやく判ったよ。  賢いあなたのことだ。  事前にこっそり血液検査を受けて、自分がΩ性だって自覚があったんでしょう?  ついでに、双子の僕もΩ性だと思ったのかな?  あいにく、僕はα性だ」  エルンストは、アルコール度数の高い酒で濡れた唇を手の甲でぐい、と拭いた。  そして鎖に囚われ、休む間もなく元護衛の舌で犯され続けるユリウスに近寄ると、見下すようにして笑う。 「あなたは、なんて無様で淫らで……綺麗なんだろうね?  Ω性のユリウスには、お似合いの恰好じゃないか。  まぁ、Ω性も発情さえしなければ、他の性の人間と同じだけの理性と羞恥心を持ち合わせているみたいだから。  血液検査でΩ性が確定しても、まだ発情期に入った事のない兄上には辛いかな?」  ああ、おかしい、とユリウスをあざ笑うエルンストの声が、高い。  対して、ユリウスは地の底から這い出るような声を出した。 「エルンスト……!」 「なんだいユリウス? 不満そうだね?  ……だけども、僕は、もっと不愉快だ」  あははははと笑っていたエルンストが、一転、氷のような表情を見せる。  ユリウスの目の前に自らも跪くと、鎖で繋がれて動けない兄の顎を片手ですくいあげるように取って、鋭く囁いた。 「なんで、あなたが……っ!  僕を闇に突き堕としたユリウス・フォン・カレンベルクが当主の座を追われるΩ性なんだ……っ!!」 「エルン……スト……」  顎から喉を掴まれて苦しげに息を吐くユリウスに、エルンストは追い打ちをかけるように呟いた。 「僕は『その時』まで心から兄上を尊敬していたのに……」 「……その時?」  エルンストにとって大切なことをユリウスは覚えていないようだった。  疑問形の言葉に、エルンストは、その視線で岩をも砕けそうなほど強く睨みつけた。 「忘れたなんて、言わせないよ? あなたは、最も神聖な場所でこれ以上なく淫らに僕を犯したんだ」  そう。  最初に欲望の生贄になったのは、今、鎖に繋がれているユリウスではない。  兄を汚せと、元の護衛に加虐を命じているエルンストの方だった。  ユリウスは、カレンベルク家の次期当主として、あくまで雄々しく、強く、そして、人を跪かせるほどに美しくあれと育てられ、それに良く応えていた。  また、ユリウスの大きな度量に裏付けされた優しさは、弱さでなく、頼もしさだ。  どんな困難にであっても、周囲に当たり散らすことなく、冷静に的確な判断が下せる。  そんなユリウスの広い背中に憧れ、間近に見るのがエルンストは好きだったのに。  全ての関係が変わる『その時』まで、二人は仲良く勉学に励み……暮らしていたのだ。  満ち足り、穏やかな毎日が崩れるきっかけなど、ささやかなものだった。  貴族の子弟が通う学院で、他の貴族たちよりも抜きんでて優秀だったカレンベルクの双子は、ちょっとした遊びを思いついた。  それは、身体を動かす競技や、勉学で評価の良かった方が、悪かった方に『お仕置き』をする。  ただ、それだけ。  けれども、賢者の老師が教える座学も、国一番の騎士が教える剣技も、全てユリウスの方が優秀で、エルンストが勝てた事は一度も無かった。  それが問題だったのか。  勉学に励むので、他の者は絶対入ってくるなと、人払いしたカレンベルク家の図書室の最奥のことだった。  最初は二人でふざけ合いながら、だった。  物差しでエルンストの手を打っていたユリウスの『お仕置き』がやがて、尻への一撃になり……そして。  ユリウスが、本棚に両手を着かせたエルンストの服の下に手を入れ、滑らかな肌を楽しむように触れるまで、時間はかからなかったのだ。

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