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⑤ 愛無き調教

 ☆★☆  帝国が誇る神の座に等しい、知識の泉での秘め事。  エルンストとユリウスの生家である、カレンブルク家の大図書室で起きた『その時』の事を双子が思い出すには、十分な時間が過ぎたようだった。  そして、今。  彼ら二人がいるのは、聖なる図書室とは正反対な場所、カレンベルク家の最暗部、 地下にある『生贄の間』だ。  しかも淫らな姿を晒して、鎖に捕らえられているのは『その時』には弟のエルンストを攻めていたはずの兄、ユリウスの方だった。 『生贄の間』はカレンベルク家、当主にしかその存在を明かされない秘密の部屋だ。  エルンストも、次期当主になることが決まり、初めて知ったその部屋は、絢爛豪華な寝室のような内装の中心に大理石のベッドが設置されている。  しかし、ベッドとは名ばかりで、リネン類や、クッションを置くのに丁度いい引っかかりよりも、身体を拘束するのに最適な鎖を付けやすい器具(フック)ばかりが目立つ。  この部屋を初めて見たエルンストは、カレンベルク家内部で罪を犯した者を極秘に裁く、牢獄だと思ったぐらいだ。  けれども、ここが身分の高い貴族を性的に調教する場所だと聞いた時。エルンストは、この上なく満足そうに微笑んだものだった。  カレンベルク家の当主は代々、身分の高い家から嫁に来た品行方正な妻を淫らに堕とす悪趣味な性癖をもっていたに違いなく。  そして、それは、淫らな快楽を自分に教え込んだユリウスを捕まえておくのにふさわしい場所ではないか、と考えたのだ。  はたして、現在のユリウスは、深紅の首輪をつけられ、両手を後ろ手に鎖で縛りあげられた挙句。強制的に()たされたペニスには、細く滑らかな金属の器具を突っ込まれている。  膝をつき、高々と突き上げさせられたユリウスの尻は、今まで忠実だった従者バルドが口で汚していた。  思い描いたそのままに、秘密の部屋でのユリウスの調教は始まったはずなのに、エルンストはまだ満足をしていなかった。  ユリウスが快楽に堕ちてはいなかったからだ。  前立腺を淫らな器具で攻めたてられた上、バルドの長く分厚い舌が、菊花を散らそうと蠢いているにもかかわらず、だ。  エルンストと(そろ)いの鮮やかな青い瞳には、まだ一点の曇りなく、理性の光が灯っている。  まだ、心も折れてはいないだろう。  首輪から伸びた鎖を、大理石の台座に短く繋ぎとめられた不自由な体勢で、ユリウスは、エルンストを睨みつけている。  そんな兄の様子を見て、エルンストは、目をすっと細めた。 「腹立つなぁ。  僕が『その時』初めて、尿道から器具を入れられた時は、半狂乱だったのに。  あなたは、ほとんど乱れず、冷静だ。  器具はちゃんと前立腺を刺激してる上、後ろはバルドが汚しているのに余裕じゃないか。  同じ双子のはずなのに、この違いは何?  もしかして、ユリウスは、不感症?」  エルンストは酒に酔って、ふらふらの足取りのままユリウスに近づくと、彼の性器を戒め、射精の自由を奪っている器具に触れた。  その途端。 「……!」  ユリウスの身体には、器具を押し込められた場所を中心に、電撃のような刺激が走る。  快楽と言うには強すぎる苦痛に、ユリウスは不用意な声を上げまいと唇を噛んだ。  しかし我慢していても、強い刺激をいきなり受ければ、反射的に逃れようとする動きは止められない。  ガチャガチャッと派手に鎖を鳴らし、快楽を貪ろうと腰を揺らしてしまうほどのユリウスの様子に、エルンストは、微笑んだ。 「何だ。ちゃんと感じて、いい反応できるじゃない。  なのに、これだけ静かって、どんな我慢をしているんだよ?  僕はユリウスが、快楽に堕ちて自分から犯してくれって泣き叫ぶまで、容赦なんてしないからね?  無駄な抵抗をやめて、楽になっちゃえばいいのに」 「エル……ンスト!」 「何だよ、ユリウス。そんな顔するなら、早く言って? 『エルンストさま、俺をお好きにしてください』って。  いやいや『あなたの肉の剣で、俺の穴をぐちゃぐちゃにしてしてください』って具体的な方がいいかな?  そうそう。男娼みたいに、可愛くおねだりしてみてもいいな。  ちゃんとできたら、今日の所は、許してあげてもいいよ?」 「許す? 願い下げ……だ。  ……許しを乞うものは……なにも……ない……  お前は……俺を……一体……なんだと……思って……!」  首輪でかすれるユリウスの声に不満があるようだ。  綺麗な眉をしかめて、しかし、エルンストは鼻で笑う。 「もちろん、あなたは、僕にとって世界で一番大事なものだよ。  出来るなら、片時も離れたくないと思うくらいには、ね?  少し前までは、尊敬もしてたけど……この姿じゃ無理かな?  だって今のユリウスはまるで、躾のなっていない獣じゃないか」  ふふふ、とエルンストは不安定な笑い声をたてた。 「元はカレンベルク家の当主でも、今は死んだことになってるユリウスは、もう『人間』じゃない。  あなたの全て……心も体も、命も。全部、全部僕の……僕だけのものだ」  エルンストは、自分の拳をぎゅっと握ると、思いの丈を吐き出した。 「けれども、もし過去の『その時』に図書室で僕を汚すことなく、優しい、尊敬できる兄上のままだったら、こんな事なんてしなかった。  また『その時』がただの一回の過ちで、二度と僕に構わなかったなら、誰がなんと言おうと、僕はあなたを『死者』にはしなかった。  ちゃんとカレンベルク家の元当主として扱ったんだ。  静かに余生を過ごしたいというのなら、折を見て郊外の別邸に移って貰う予定だったし。  隠居が嫌なら、外国で活躍できるように、こっそり亡命する手伝いをしても良かったんだよ」 「エルンスト……」  伝えるべき相手に聞こえていたのなら、哀しげに聞こえたかもしれない。  しかし、口の中で呼ぶユリウスの声を聞かずに、エルンストは、だんだんと声を荒げてゆく。 「なのにあなたは、何度も、何度も僕を犯した。  最初に僕を獣扱いして、それまで知らなかった淫らな世界に引きづり込んだのは、あなただ!  今度は、人で無くなってあなたこそが、性の調教を受ければいい!!  Ω性はΩ性らしく、僕に求められたら、いつでも股を開いて腰を振る獣になれ、ユリウス!!!」 「エルンスト!!!」  エルンストは激高して声の大きくなる。  感情に巻き込まれるように叫ぶユリウスの声が、エルンストには自分を叱っているように聞こえた。  かつて、本当に心から尊敬していた兄の怒りの声に、エルンストは、一瞬びくりと身を震わせる。  しかし、強く頭を振り、萎えかけた心を立て直すと、虚勢を張るようにエルンストは、言った。 「もし……僕に従わないと言うなら、あなたを最後までバルドに犯させようか?  バルドのそれは、かなり大きいぞ。  こんなのを無理矢理突っ込んだら、あなたは壊れてしまうかもしれないよ?」  そう。  ユリウスを散々に汚しているバルドの欲望は、今やはち切れんばかりに怒張し凶器じみていた。  バルドの熊のように見上げる体格にふさわしく、その大きさは、ユリウス自身の腕ほどにあるかと思われた。  どんなにユリウスの菊花を解しても、そもそもそんな大きなものは入らない。  入ったとしても流血沙汰になりかねない。  また、(あるじ)を犯すバルドが罪の意識に煽られ、手加減できないほど理性が飛んでいたとしたら。  ……ユリウスは命の危険が伴うほどに、抱き潰されるかもしれなかった。  本当にバルドを使う気なのか、どうか。  欲望に狂った野獣バルドの行動を制限する鎖を、エルンストがガチャガチャと触り始めたのを見て、ユリウスが一瞬(ひる)んだように身を固くする。  脅しにユリウスが応じたのを確認して、エルンストは機嫌を直して微笑んだ。 「僕はユリウスが世界で一番大事だって言ったじゃないか。  できれば、あなたをこれ以上他人に汚されたくないし、簡単にはバルトをけしかけないよ……簡単には、ね?  だから、代わり言ってごらん?  僕に『俺をめちゃくちゃに犯してください』って」  

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