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⑥ 真の調教者

 自分の口で『犯してくれ』と(こいねが)え。  そう要求したエルンストに、ユリウスは言った。 「断る」 「な……っ!」  ユリウスが拒否するとは思ってなかったらしい。  余裕を見せ始めていたエルンストが、狼狽する。 「ユリウス……! あなたは、今、どんな状況か判っているよね?」  そう。  ユリウスは、大理石のベッドに淫らな姿で捕らえられ、身動きがとれない。  忠実な下僕、バルドは今にも主人を襲い、殺してしまわんばかりに猛り狂っている。  バルドを戒めている鎖を緩めたら、どんなに悲惨な目に遭うのか。  誰にでも判るマズイ状況を前に、ユリウスはきっぱりと言った。 「ああ……しかし……断る」 「ユリウス!!」  加虐者であるはずのエルンストの絶叫を聞きながら、ユリウスは声を絞り出した。 「俺はお前に……『犯してくれ』とは乞わない……絶対に」 「それは……僕に犯されるくらいなら、死んでもいいってこと!?」 「そうだ」  ユリウスの返事に、エルンストの血の気が引いていく。   『その時』  ユリウスに受けた行為は、心身を破壊されるかと思うくらいエルンストを苦しめた。  悦楽と言う名の暴力にさらされながら、それでも。これは愛情表現の一種だと信じ、過激な行為に耐えたのだ。  なのに、いざ、我が身に同じことが起きれば、死ぬ方を選ぶと言うのなら。  双子の弟も、兄に犯されれば死を覚悟すると思わなかったのか?  ユリウスはエルンストを殺すつもりで抱いたのか?  ガッ、と音を立てて、エルンストの悲しみが弾けて、怒りとなった。 「あなたは、そんなに、僕を嫌っていたのか!?」  迫力を増す双子の表情を真正面から見返して、ユリウスは言った。 「違う」   「なに!?」 「俺は、ずっと、ずっと……お前のことを愛している……と、言っていた。  ……伝わらなかったようだが」 「信じられない!  本当に僕のことを愛している、と言うなら、なぜ、あんなに酷いことを何度も、何度も……!」  怒鳴るエルンストに、ユリウスはふ……と息を吐いた。 「……しかたがない、それが、俺の愛の形だからな」 「ユリウス……!」  愛する弟の絶叫に、兄は、哀し気な微笑みを見せた。 「愛している奴にも……譲れないことがある。  その気になったら『俺が』お前を抱く。  逆はありえない。  これもまた……絶対譲れないことだ」 「このごに及んで、何を言っているんだ!?」  今、この場を支配しているのは、エルンストだ。  物理的にもユリウスは縛られている。  唯一自由になる声でさえ首輪に阻まれ、掠れるのを無理に出している、というのに。  それでも漂う兄の妙な自信に、エルンストは戸惑い、一方でユリウスは、力強く言い切った。  「いつでも……どんなときでも……俺に囚われているのはお前の方だ。  そして、お前は、いつだって俺のためだけに身体を開く運命だ」 「……信じない」  呟くエルンストに、ユリウスは微笑んだ。 「お前は俺を拘束するために……鎖でつないだ。  しかし……鎖に繋がれていないお前は……本当に、俺から……自由だと思っているのか?」 「なんだって!?」 「例えば……俺が『犯してくれ』と頼んだとしても……エルンストが俺を凌辱することはできない。  お前の雄の象徴は『剣』にはならず、ただの飾りで終わるだろう」  ユリウスに『役立たず』と言われて、エルンストは叫んだ。 「莫迦にするな!」 「莫迦になんてしていない……事実だ。  今、お前の欲望は、ちゃんと天を向いて硬く勃っているか?  勃っていたとしても……何を想像した?  お前は……バルドのように俺自身に欲情したんじゃない。  がんじがらめに縛られてる俺に……自分の姿を重ねて偽の快楽を貪っているだけだ」 「ち……ちがう! 違う、違う!」  図星を刺され、過剰に頭を振るエルンストに、ユリウスは更に、畳み込んだ。 「全く違わない。  お前の下着の中は、今。  欲棒を穴に突っ込んで動かすための先走りよりも、自分の穴に太いモノを受け入れてかき回してもらうための蜜で、ぐちゃぐちゃになっているんじゃないか?」 「そんなことはない!」 「まだ、抵抗するか?  お前の方こそ無駄な我慢は、よせ。  俺はお前のことは、何でも知ってる。  なにしろ、お前をそんな風に調教したのは、俺なんだから」 「……!」  思いがけない言葉に、エルンストが大きく息をのんだ。 「調教だって!? あなたは僕に何をしたんだ!?」  激高するエルンストに対して、ユリウスの方はとても落ちついた声でささやいた。 『disciplina(ディスキプリーナ)(しつけ)】』  それはエルンストの質問に答えた、と言うよりは、魔法の言葉のようだった。  証拠に、ユリウスが力ある言葉を紡いだ途端、世界が一変する。  エルンストが、今まで聞いたことのないユリウスの声は奇妙で、この上なく厄介だった。  ユリウスの声に、逆らえないのだ。  例えば。 「嘘だと言うのなら、触ってみるがいい。  下着の中に手を入れて、今、自分がどんな状態になっているのか確認してみろ」  ユリウスの言葉に、エルンストが従わなくてはいけないことは、一つもないはずだったのに。  エルンストは冷や汗を流し、呻き声をあげるほどユリウスの言葉に抵抗したのにも関わらず。  結局、ユリウスに言われるままに自ら、下着の中に手を入れた。  そして、触った物にびくりとなる。  そう。  エルンストの下半身は、ユリウスの言った通りになっていたからだ。 「あ……」  エルンストのペニスは、力なく下がっている。  しかしアナルの方は既に、たっぷりの蜜を垂れ流し、かすかにひくつきはじめている。  何かを期待するように、花からは暖かいものが滲んでぬるりと触れるが、嫌悪感は無かった。  快楽が伴ったからだ。  自分の性器(もの)を自分の手で触れれば、欲棒が立ち上がるよりも早く、あっという間に熱を持った菊花が蠢き、悶え、深淵の向こうから、更に蜜が溢れる。 「な……なんで、僕はこんな……!」  自分自身の体に起きたことが信じられず、呆然としているエルンストに、ユリウスは、追い打ちをかける。 「エルンスト。お前が淫乱だからさ」  いいや、違う。  これは、廃れてしまったはずの、古典魔法。  中でも、人の精神に作用する禁断の、魔術。  今となっては迷信に近い『魔法』などというものが実際に使えることを、エルンストは知らなかったし、どうしてユリウスが自分を操れるのかなんて、もっと判らなかった。  しかもユリウスは、存在しないはずの奇跡の技を使ったことを隠し、エルンストを追い詰める。  エルンストは、ユリウスに言われた『単なる淫乱』という言葉を信じかけて狼狽する。 「僕が……淫乱……」  呆然と呟くエルンストに、ユリウスは『その通りだ』と請け合った。 「本当は胎内(なか)をかき回されたくて、我慢ができないんじゃないか?  俺が直接お前を愛したかったが、誰かが俺の手を縛り、身動きを封じてしまったからな。  その分、報いを受けてもらおうか?」 「……ユリウス……!」  エルンストが何か言う前に、ユリウスが命令した。 「これより先、エルンストの右手は、俺の右手。そして、左手は、俺の左手となれ」 『fidelitas(フィデーリタース)【我に従え】』  ユリウスが異国の言葉を紡げば、エルンストは先ほどよりも強い拘束感に苛まされた。  エルンストの手首を掴んでいるものは何も無いはずなのに、手は、もう自分のものではなくなっていた。  今まで着ていた白いガウンを勝手に剥ぎ、下着をずらし、裸よりも淫らに着崩すと、右手はアナルに、左手は胸の飾りに、一気に襲い掛かった。 「あっ……やっ! ああんっ」  傍目(はため)は、これはエルンストの自慰でしかなかった。  忠実な下僕であるバルドに汚されている双子の兄。  その様子に興奮したエルンストが、自分で自分を慰めるイケナイ遊びで楽しんでいる、だけ。  しかし、実際のこの場の主導権は、鎖に囚われ、今にも犯しつくされそうになってる、最も弱い立場のユリウスにあったのだ。  エルンストの左手は、胸の飾りを(つま)み、()ね、いじくりながら、右手の指がひくつくアナルの淵を焦らすように円を描く。 「ふ……くっ……」  自分の指でやっているのに、自由にならない。  やるせない思いが熱に変わっていくのに、淵ばかりを弄ぶ指では、発散できない。 「や……や……」  先に、ユリウスを捕らえているはずだったエルンストが、助けて、とは、言えない。  けれども、涙が滲む大きな目を見開き、もの問いたげに見るエルンストにユリウスは目を細めた。 「俺が、拘束しているのは……両手だけだ。  欲しいなら、自分で自分の指の上に乗って、好きに動けばいい」 「……え」  自分が如何に浅ましいか、この兄に見せつけながら、快楽を貪れと。  ユリウスの言葉に青ざめながら、しかし、逆らえなかった。  エルンストは言われるまま、動かせる体の方を動かして、自分の指の上に乗った、  つぷ……ぐじゅり。  その時を待っていたかのように、エルンストの身体は喜んで、自分の指を飲み込んでゆく。 「っ……はぁ……」  エルンストも、収まる所に収まるものが入って満足したのか、安堵のため息をついた。  しかし、穏やかな快楽は、長く続かなかった。  エルンストを犯す指は、一本から二本と順に増えているというのに、いい所まで届かないのだ。  自分の指の、あと一歩先の刺激が、欲しい。  胎内に入れられるだけの指全部を突っ込み、快楽を求めて、届かず、足掻き、悶える。  これ以上淫らで、醜いことはない。  判っていても、ユリウスの言葉には逆らえず、兄の見ている前で、自分の指で自分を犯す。  まともな神経の持ち主なら、羞恥と嫌悪感に耐えられないかもしれない。  実際、エルンストの頬に涙が雫の形に光るのを見て、ユリウスは一瞬目を伏せかけた。しかし、気分を変えるかのように首を強く振ると、歪んだ笑顔を張り付けた。 「さあ、エルンスト。  いい加減、俺の鎖を外して自由にしろ。  お前のひくついたいやらしい穴に、俺の剣を突き刺してかき回してくれ、と願うがいい。  でないと、お前は永遠にそのままだぞ?  俺の腕の中は、何よりも硬く。鎖や牢獄さえ及ばないほど束縛し、閉じ込めるものだと知れ」 「……や、いやだ!」  暴力的な快楽にさらされて辛いだろうに、エルンストは抵抗を試みる。 「こんな……! ここで、流されてうやむやに抱かれてしまったら、いつもと同じじゃないか!」 「エルンスト……?」 「あなたは、僕に何か隠している。  僕が、半人前だから、何も話してくれないの?  不器用で、不甲斐ないから、他人のバルドの方がいいの?  けれど、僕は不愉快だ!  僕が、あなたを捕らえたんだ!!  もう、僕は、守られるだけの存在じゃない!!  今日こそは、僕があなたを従えてやるんだ!!!」  せめて、あなたと肩を並べて、あなたと同じものを見るんだ。  そんなエルンストの思いを聞いて、ユリウスは目を見開いた。 「エルンスト……」  ユリウスには、ようやくエルンストの怒れる理由がわかったのだ。  今まで、妖しい力を込めた瞳で睨んでいたユリウスの表情が柔らかくなった。  ため息をつくのと同時にユリウスの魔力が、落ちる。  一方で、エルンストは、ユリウスの微妙な変化に気付かなかった。  兄の束縛から逃れるために、魂を焼き尽くさんばかりの怒りに身を委ねたからだ。  明らかに威力の落ちた兄の拘束と自身の怒り。  そんなもので自分で自分を犯す淫らな魔法を振り切って、エルンストは、何とか立ち上がる。   「ユリウス! 今、あなたを支配しているのは僕の方だ!  まだ判らないというのなら、本当に、死ぬ寸前まで犯し尽くしてやる!」  ユリウスに指を突き付け、エルンストが()えたときだった。   「お待ちください。エルンストさま」  そんな、至極冷静な声と共に、新たな人物が入って来たのは。

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