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⑦ 真実の一端

 生贄の間に入って来たのは、長い銀髪に、青い瞳の美しい男だった。  年齢と背丈は、エルンストを少し超えるくらい。  細く華奢な身体を、カレンベルク最高位の臣下にふさわしい、高価な布をふんだんに使った衣服で覆っている。  その人物は、氷にも似た酷薄な雰囲気を漂わせているにも関わらず、エルンストは、ほっと息をついた。 「ノア」  そう。  バルドが武官の筆頭だというのなら、ノアは若くして文官の長になったカレンベルク家の重鎮だ。  当主交代の噂が真実となったとき、いち早くユリウスを見捨て、エルンストの方に膝をついた側近でもある。  味方の登場に、気を緩めたエルンストを見て、ノアは静かにほほ笑んだ。 「今まで目上と信じていた者を監禁、拘束する事は、被虐者だけでなく、加虐する方にも精神的な負担がかかります。  今回は、前当主だったユリウスさま並びに、一番の側近だったバルド共に鎖で繋いだだけでも、上出来でございます。  今宵は、ここまでといたしましょう」  腹心の進言に、エルンストは、眉を寄せた。 「でも、僕は満足していない!  ユリウスが快楽に堕ち、(よろこ)びに喘ぐ声を聞くまでは、やめるものか!」  エルンストがわがままな子供のように嫌だ、と首を振る。  そんな主の手を取り、ノアは跪いた。 「ユリウスさまは、強い支配者でした。  壊れるには、時間がかかるでしょう。  強硬手段をとれば精神を一気に砕けますが、何事にも素直に従うただの人形になってはつまらないでしょう?  じわじわと時間をかけて調教し、性奴隷に堕とすのです。  気高い心を保ったまま、快楽を求めて泣き叫ぶユリウスさまの顔を、見たくはないですか?」  ノアの提案に、エルンストは不機嫌そうに鼻を鳴らした。  エルンストはユリウスを(ぎょ)し、自分を一人前と認めさせることが出来れば、満足だったのだ。  バルトをけしかけ脅してはいるが、ユリウスの胎内の奥まで汚させるつもりはなかった。 「そこまで、兄上を堕とすつもりは……ない。  それに……ユリウスの身体は……僕の……僕だけのものだ……っ!」  ユリウスを抱く権利を誰かに譲る気はない、というエルンストの思いに、ノアは、穏やかな微笑みを冷たく変化させた。  跪き、臣下の礼をとっていたノアは、立ち上がり、握っていたエルンストの手をそのまま引っ張る。  たまらず、よろめいたエルンストを後ろから抱き締め、手を妖しく(うごめ)かした。 「ノ……ノア! お前は何を……」  淫らなユリウスの姿に散々煽られて、ぴんぴんに尖ったエルンストの胸の飾りをノアの手がぎゅっとつまんだ。  ノアのもう一方の手のうち最も長い一本は、ぐじゅぐじゅになったエルンストの胎内 に指を一本滑り込ませた。  くちゅ、ぬぽ。  ささやかな音を立てて侵入した指はろくに動いていないのにユリウスの淫らな魔法を破ったばかりのエルンストは、快楽に震え、たまらず淫らな声が出る。 「あっ……っ……っ、やめ……っ」  身体を弄ばれ、あっさりエルンストの腰が砕けた。  ノアの長く細い指がエルンストの胎内を行き来する。  その刺激に反応してエルンストの胎内はぎゅっと閉まるのに、指先がいい所の寸前にするりと逃げ出してしまうのが、憎い。 「あっ……くぅ……んん」  エルンストは、もはや立っていられなかった。  生贄の間の大理石に膝をつき、悶え、喘ぐエルンストの身体を支え、ノアは耳元にささやいた。 「なんと淫らなことか……エルンストさまを、こんな風に調教したのは、どなたでしょう?  その方を、同じ目に遭わせたいと思いませんか?」 「や……僕は……そこまで望んで……ない」   「甘いですね。  悦楽を知り、深みにはまってしまった以上、獣の選択をしなければなりません。  食うか、食われるか。  加虐を与える立場に回り、相手を貪り犯し尽くす、と言うなら、徹底的なお覚悟を。  そうでなければ、被虐の立場、食われるものになるしかないのです」 「嫌だ……!」  そんな選択は御免だと、更に首を振るエルンストに、ノアは、やれやれ、と息をついた。 「やはり……エルンストさまには、向いておられない。  物覚えも良く、ユリウスさまに次ぐ知識もあるようですが、古典魔法についての見識がまるでなっていない以上、賢聖と名乗るのにも、不十分。  エルンストさまでは『カレンベルク家』を継ぐには、少々力不足かと存じます」  決断力と冷徹さ。更に、読書量。  その差が、双子であるユリウスとの差なのだと言われ、エルンストは目を見開いた。 「古典魔法だって!? なんだよ……それは!」  大昔に流行り、結局廃れた魔法のことだ。  まともな人間の間では、現実的で重要な場面で使うべきものではないし。趣味や娯楽として楽しむには、使い勝手が悪すぎる。  カレンベルク家の一員とは言え、今まで普通に暮らしていたエルンストにとって、は未知の世界だ。  戸惑う主にノアは意地悪く言った。 「ご自分で学ばない方に、お教えしません」 「ノア……お前は……どちらの味方なんだ!」  苦し気なエルンストをあやすようにノアは呟く。 「(わたくし)は、お二人のうち、より、淫らで、愚かな者の味方でございます」 「何……だって!?」  エルンストの声に取り合わず、ノアは、氷の微笑を見せて言った。   「真にカレンベルク家にふさわしいかはともかく、明日は、エルンストさまの叙勲式です。  前当主、ユリウスさま病死につき、空席となったカレンベルク家を正式に引継ぎ、公爵の身分を皇帝陛下に頂く大切な日です。  エルンストさまは、お休みくださいませ」 「嫌だ……!」 「これより先は、大人の時間です。  おとなしく眠りにつくのが嫌だと仰るのなら、このまま意識を失うまで犯しますが?」  いいですか? の返事も待たずにノアは、エルンストの胎内を擦りあげた。  するとエルンストは背すじをしならせ、身悶え、花のような唇からは、いかにも気持ちよさげな嬌声が響く。 「あん、んんんっ……!」  エルンストの胎内がはくはくと騒めき、ノアの指を貪るように締めあげた。  それと同時に雄の象徴が爆発寸前まで勃ちあがるのを見て、ノアが、ペロりと舌なめずりをした。 「おや、誰も触っていないのに、こんなにも早く、硬く、勃ちあがるとは、なんと素晴らしいことでしょう。  淫らな方は、大歓迎です。  どうです? その、ユリウスさましか侵入を許していない場所を、私にもお貸し願えませんか?  私が満足するまで受け止めていただけるなら、神の恩恵とやらを差し上げましょう。  そうですね。  加虐が苦手と仰るのなら、痛みを持って悦び高ぶる被虐の極みはいかがです?」  ノアがくすくすと笑った時だった。  不機嫌の極みにある低い声が、生贄の間に響いた。 『somnus(ソムヌス)【眠りたまえ】』  異国の言葉が、部屋に満ちたとき。  エルンストの中で、はち切れんばかりに膨れ上がったものがいきなり力を失なった。  ノアに弄ばれていたエルンスト全部の力が抜けたのだ。  その様子が『眠っている』状態なのを確認し、ノアは、エルンストを翻弄してた指を抜き、振り返りもせずに呟いた。 「ユリウスさま」  ノアの呼びかけに応えて、ユリウスの声が、あり得ない方向から響く。 「エルンストをこれ以上汚すことは、許さない。  節操のないエロ神め。  だからお前は途方もない力を持ちながら、さっさと廃れてしまうんだ」 「……!」  ユリウスに言われて腹を立てたらしい。  キッ、と顔をあげたノアの前に、ユリウスが立っていた。  ユリウスの身体を床に繋いでいた深紅の首輪は外れ、両手を戒めていた鎖は砂のように(もろ)く砕けて崩壊していた。  前立腺を(さいな)み、射精を制限していた細い金属の器具も、当然のように引き抜かれている。  ユリウスを縛るモノはもはやなく、その肌の何処にも、(かす)り傷一つ、痣一つない。  無骨な鎖で繋がれていたことも、従者の口淫もなかったように、彼は美しく、自由だった。  ユリウスを物理的に拘束することなど、エルンストには不可能だったのだ。

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