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⑨ 忠実な側近

 ちゅ……ちゅ……じゅっ……  唇同士を繋げて溢れる唾液は、性感を高める潤滑液のようだ。  ユリウスとノアの間には、細やかな感情のやり取りなどない。  手っ取り早く快楽を貪る手段としてだけの、口づけだったからだ。  もともと性感帯と呼ばれる下の口とは違い、普段は食物を摂取するための本物の口だ。  どんなに他人の舌で嘗められていようが、簡単に感じるものではないとユリウスは高をくくっていた。  なのにノアに歯列をなぞられ、ユリウスの口は自然と開く。  ノアの長い舌が上顎に触れる頃には、ユリウスの身体に快楽の炎が灯り始めた。 「ふ……ん……」  ユリウスの息遣いに甘さがおびて、ノアと触れ合う肌に熱を感じる。  ノアが唇を離すと、二人の唾液が混じって出来た銀糸が、名残り惜しむかのように伸びてつながり、切れた。 「……っ、は」  ユリウスが大きく息をつくのを見ながら、ノアは手の甲で銀の残滓を拭いた。 「たかが口付け一つで、ずいぶんと気持ち良さげじゃないですか?  エルンストさまは、ユリウスさまを不感症ではないかと疑っておりましたが、違いますよね?  金属棒を、前立腺まで差し込まれても幾何(いくばく)かの理性が残っていたのは、それを『つけ慣れているからだ』と教えて差し上げれば良かったのに」 「ノア……」  不快そうに眉を寄せるユリウスに、真の凌辱者が笑う。 「エルンストさまは、まだユリウスさまの胎内(なか)が無垢で、誰の侵入も許していないと信じているのでしょうか?」  身分の高い者を淫らに調教する生贄の間の説明を聞いて、まさか当主自らが調教されるための場所だとは、思いもしないでしょうね、とノアは、笑う。 「自らけしかけたバルドが、実はカレンベルク家、性技の指南役であり、彼にユリウスさまが何度犯され、当主にふさわしく調教されたのか。  ……ぜひ、エルンストさまにもお知らせしたかった」 「ノア!」 「はいはい、承知しておりますよ。  当主の調教を、エルンストさまに知られず。  穏やかに過ごしていただくのが、願いだということは。  ユリウスさまは、よほど『カレンベルク家の調教』の在り方がお嫌いなのでしょう?  慣れているはずのバルドをけしかけられて、演技でなく本当に怯んだほどに」 「……」 「だからこそ私は、あなたがバルドに汚されて行く様子を見るのが、大好きです。  ですから、今宵魔力を授けるための対価もまた、それといたしましょう。  バルドに存分に犯される姿を見せてくださいましね?」  ユリウスは息をのみ、ノアは、笑う。  ノアはユリウスに重ねていた身体を離して立ち上がると、新たなる凌辱者を呼んだ。 「バルド、ここへ」  ノアの声に導かれるように、(おお)きな身体が、長椅子に近づいてきた。  バルドだ。  先ほどまで、エルンストに繋がれていた鎖と首輪は、ユリウスと同じ(とき)の魔法で劣化が急速に進み、崩れ去っている。  褐色の肌が見事に鍛え上げられた筋肉で覆われているのを見るにつけ、バルドが優秀な武官であることは間違いなかった。  (いま)だ処理されてない猛々しい欲望をも、堂々とさらけ出して恥じぬのは、人に誇れる体躯である、というだけではない。  彼が戦場で武器を取れば、勝敗の行方を自分で決められるほどの力を発揮する。  一騎当千の優秀な騎士だが、同じくらいベッドで繰り広げられる色ごとについても強かったのだ。  しかし。  ノアに呼ばれてユリウスの前に立つバルドの様子は、理性的だ。  穏やかな呼吸に、先ほどエルンストにけしかけられて猛った、野獣的な情熱は、なりを潜めているように見える。  とはいえ、いきり立つバルドの分身に力がみなぎっているのを隠そうともしない以上、欲望が消えてないのは、一目瞭然だったが。  バルドのこの妙に冷静な状態が、理性を失ってガンガン攻めて来るより怖いことをよく知ってるユリウスの背筋に、自然と冷や汗が滲んだ。 「さあ、バルド。続きは、あなたに任せましょう」  ユリウスを存分に汚す準備をせよ、と。死刑宣告にも似たノアの声に、バルドの端正な眉間に微かな皺が寄った。 「ユリウスさまは、これから数刻もないうちに、皇帝陛下の寝室に参上する予定だ。  今、ここで、穢れてもいいのか?」  皇帝から正式に貴族の称号をもらう叙勲式。  その前夜の皇帝の呼び出しは、カレンベルク家、新当主のみ知らされ、受けることになってる伝統的な儀式だ。  誰にも追随を許さない、知識と見識を持ってなお、帝国皇帝に忠誠を尽くす。  その証を見せるために、無垢な身体を皇帝陛下に捧げることになっているのだ。  もちろん、怒張したペニスを挿入されれば痛みに泣き叫ぶような、調教もまるで済んでない本当の無垢なる者を、皇帝陛下に献上する訳はない。  初々しく、しかし、淫らで極上。  全ては、偉大なる皇帝の為。  相反する魅力を兼ね備えた、奇跡ともいえる完璧な身体を作りあげるために、この生贄の間が存在しているのだ。  しかし今、ここでバルドに穢されたら、ユリウスに『無垢』と言い張れるだけの取り繕う時間はない。  このことは、長椅子で眠るエルンスト以外の誰もが、承知の話だった。 「皇帝陛下のお召しの直前に、ユリウスさまが他の男に抱かれた事に気づかれたら……?  これ以上面白い見世物はないでしょう?」  ノアが、心底楽しそうに笑う。  皇帝は不敬だ、と怒り狂うのか。  美しい身体を初めに凌辱できる権利を奪われて、がっかりするのか。  それとも予想外の反応を見せてくれるのかが、興味深い。 「人類の住む大陸のほとんど全てを掌握する天下の皇帝といえども、所詮は、ただの人の子。  神の寵愛を受けたユリウスさまを害することなどできません。  もっともユリウスさまは、変態でございますからね。  皇帝の悪趣味に付き合い、陰惨で淫らな毒牙に自らかかりに行くのか……しかしそれを眺めるのもまた、一興」 「……誰が変態だ。お前(ノア)の方がよほど趣味の悪いエロ神じゃないか」  淫らな儀式を不快に思ってなお、逃げ出さずに留まるのは、ユリウスに特別な趣味があるからでは断じてなかった。  物理的にユリウスを拘束できるものはなくても、エルンストとカレンベルク家の将来を考えれば、簡単に拒否できはしない。  皇帝が人類の住む大陸全土を掌握してるというのなら。  完全な外国というのは、大陸周辺に点在する島国ぐらいだ。  いずれ発情(ヒート)に狂うはずのΩ性のエルンストを抱えて、見知らぬ土地で生きて行けるはずもない。  領地を離れたユリウスに隠れる場所はないのだ。    うんざりと言い返すユリウスの声など、ノアにとっては、どこ吹く風、のようだ。 「さ、お早く。ぐずぐずしていたら、湯あみをする時間も無くなりますよ?  別に私は、いいのです。  ユリウスさまが、全身に浴びた白濁を(したた)らせ、拭いもせずに皇帝陛下に拝謁する姿なんて、前代未聞すぎてわくわくしますから」  そう、ご機嫌に促すノアにため息をついて、ユリウスは、傍に控える逞しい男に声をかけた。 「……バルド」 「よろしいのですか?」 「かまわない。来い」  ユリウスに呼ばれて、バルドが(ひざまず)く。  そして、バルドはユリウスの右足を両手で恭しく(すく)い上げるように持つと、その親指に口づけした。  貪るように、甘く、深く。  それが、手加減なしの凌辱への合図だった。

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