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④ 兄に勝るもの

 ユリウスに、本格的に媚薬が効き始めた。  はっはっはっ、と、早まってゆく呼吸は、まるで犬のようだ。  正気を保とうとしても、身体の芯が熱を持って疼く。  ユリウスに(ふれ)るもの全てが、むき出しになった神経に直接(さわ)るのだ。  ベッドシーツだけではない。  ユリウスの白い肌と手足を拘束する、紅い縄。  そして、いくつかの『視線』を伴う寝室の空気でさえ『羞恥』と言う刺激となって、ユリウスを倒錯的な快楽へ、(いざな)おうとしていた。  そう。  寝室には、凌辱者である皇帝の他に、皇族、そして雑用を担う小姓たちがいるのだ。  もちろん、寝室付き小姓たちが皇帝パウルとユリウスの『最中』に何か話すことはない。  小姓たちの身分は、カレンベルク家には、足元にも届かないとはいえ、代々皇帝の秘密の性癖(あそび)を守る家系を継ぐ。  それなりに名門であるため、躾が行き届いているのだ。  突然生首が転がり出れば腰を抜かす程度には人間らしいが、基本、何があっても冷静に職務をこなす。  これからカレンベルク家を継ぐ『エルンスト』を名乗る以上、ユリウスは無様な姿を下々の一端である彼らに見せたくなかった。  なのに、浅く短い呼吸を繰り返すユリウスの姿は、α性であるにも関わらず、まるで発情したΩ性、獣と変わらない。  ユリウスの白い肌は上気して薔薇色に染まり、青い瞳に涙が滲んで潤む。  皇帝に命じられるまま、尻を高く上げた姿は、奇しくもエルンストが、ユリウスに生贄の間で強制したのと同じだ。  しかしユリウスには、エルンストの相手をしている時ほどの余裕はなかった。  これだけ人目のある場所で、古典魔法の秘密は晒せない。  いざとなったら使える切り札が封じられているだけで、だいぶ精神的に負担がかかる。  何より強力な媚薬の前では、ユリウスのささやかな野望も、思惑も、瓦解寸前だ。  「う……っ、あ」  ユリウスの可憐な胸の飾りが、ベッドのシーツに触れた。  それだけで微かな喘ぎ声が、口の端からこぼれて落ちる。  十分過ぎるほどカレンベルク家の調教を受けて来たユリウスの身体は、もっとはっきりとした愉悦を期待していた。  尻の孔まで丸見えにした姿を強制され、貴族のプライド踏みにじられてなお、快楽を求め、喘ぐしかない。  普段は慎ましやかなユリウスの孔を彩る花が、ひくひくと(ざわ)めき出した。  それに伴いあふれ出す、焦れるような切なさに思わず身をよじっても、ユリウスは、もう、逃げられはしない。  皇帝の命じるまま。小姓たちはユリウスの両手首をそれぞれひとつづつ赤い絹の縄で縛り、ヘッドボード部分にあるフックに引っ掛けた。  縛られているのが両手首だけなら、様々な体位を楽しむことが出来るだろう。  今、強いられているうつ伏せのまま尻を高々と上げた姿だけではない。、  四つ這いにもなれるし、腕を交差すれば仰向けにでもなれるだけの余裕の長さがユリウスを縛る縄にはある。  明日の叙勲式でのユリウスの衣装は、式典用の手袋を履き、長袖の衣装にマントの予定だ。  式典中にそれらを脱ぐことが無い以上、どんなに強く縛った挙句に暴れて手首に痕がついてもいい。  それどころか、顔以外なら何をしても問題ない、と皇帝は思っているかもしれなかった。  実際、ユリウスの拘束は、手首だけに収まらなかったのだ。  縛る箇所が少なく、自由になることをいいことに、更なる拘束を加えたのだ。  肩幅より少し広めに開いたユリウスの膝の裏を、握り拳ほどの直径で、長さは一メートル弱ぐらいの金属棒が橋渡しするように縛る。  これでユリウスの両足は、縄と金属棒でがっちり固定されて、閉じることが出来なくなった。  思うままに、手際よくユリウスが拘束されてゆくのにも関わらず、皇帝パウルは、僅かな時間も惜しいようだ。  小姓たちがユリウスを力任せに縛りつけている最中、縄を引かれるたび僅かに揺れる身体をパウルは弄ぶ。 「痛ッ……あっ、あっ、あっ……」  少し力を込めれば、幾らでも沈み込む特別な寝具(マットレス)とユリウスの素肌の間にパウルは手を突っ込み、胸の飾りをキリリと強く、摘んだのだ。  そんなことをされれば、痛みを訴えるのは、当たり前。  けれども、目の前の獲物が涙目になりながらも甘く喘いだので、パウルの目が細くなった。 「ほほう、エルンストは、最初から痛みを快楽に変える術を身に着けているのか?」  一人頷くパウルに、ユリウスは、痛みと媚薬にうるんだ目を向けた。  もしユリウスが、どんな事でも言えるのなら「ふざけるな!!」と怒鳴っていたろう。  散々、散々、散々、ユリウスはパウルに痛みを伴うやり方で愛された。  痛みを快楽に転換できなければ、人前では決して晒せなかった『ユリウスの背中』と同じくらい心がボロボロに壊れていたはずだ。  なのに、パウルは、追い打ちをかけるように、笑う。 「そなたが、何も教え込まずとも痛みが快楽に変わる真正の変態とは、な。先行きが楽しみだ」 「違……ッ、あああぅ」  思わず上げたユリウスの声を遮るように、パウルは、更に弱い所を乱暴につかむ。  ユリウスの分身だ。  痛み刺激と媚薬に半立ちになった先端の、一番敏感な場所に爪を立てられて、ユリウスの背筋に、戦慄(せんりつ)(はし)る。  男として、これ以上ない痛みに、悶え、震える。  痛みが甘く変化して、快楽にすり替わる感覚が、嫌だった。  なのに調教されたユリウスの身体は、心とは裏腹に更なる悦楽を求めて、喘ぎ出した。 「あっ、あっ、やっ……だ」  爪痕が残りそうなほどに何度も擦られる。  強く、痛い刺激に、ユリウスの呼吸が乱れた。  縄で縛られ高々と上がったユリウスの花の中心が、物欲しげにひくひくと騒めき出したのを見て、パウルは満足そうな微笑みを見せた。 「素晴らしいではないか、エルンスト!  どれだけユリウスに迫る能力を持っているのか知らぬが、確実に兄より淫らだ。  媚薬の力を借りたとて、痛みを受けたユリウスが物欲しげに腰を揺らしだしたのは、事を初めてだいぶ経ってからだったのに。  一度で痛みの味を覚えたか?」 「あっ……くぅ……そんな、そんなことは……! ぐっくぅ」  自身の急所である二つの珠まで力任せに掴まれて、声も出せないユリウスにパウルは覆いかぶさった。  そして、ユリウスの首筋に鼻を寄せて、匂いを嗅ぎ、ささやく。 「そなたの父からは様々な薬品の臭いがした。  あの男が叙勲前夜の儀式の際は、手土産を持ち、寝室に来るまで、様々な毒薬や眠り薬を使って、護衛たちを行動不能にしたに違いない。  しかし、そなたはまるで、ユリウスのようだ。  飲ませた媚薬以外の薬品の臭いが、一切しない。  どうやってこの寝室まで来たのか、説明せよ」 「恐れながら……例え陛下でも……お教えすることは……出来ません」 「ふん、ユリウスと同じことを申すのだな?  ならば、そなたも兄と同じように、秘密を喋るまで痛みを与えよう。  ユリウスは何をしても喋ることはなかったし、そなたにとっては、痛みは褒美になるかもしれないが」  完璧に皇帝の為に働くなら、暗殺の手段などどうでも良いはずだった。  これは身分の高い、そして、従順な家臣を弄ぶための口実でしかない。  パウルは、悪魔の笑みをみせると、ユリウスの白桃のような尻を抱きかかえた。  そして引き締まった肉を開き、ひくつく孔に触れる。 「初めての孔を、解さず犯してみても面白かろう。多少切れて血が溢れることになっても、快楽に溺れれば……」  と、そこまで言って、パウルは黙る。  媚薬に犯され、パウルに孔の淵をなぞり、違和感に気づいたのだ。  はくはくと悶え狂うユリウスの菊座から、僅かに何かがジワリと、滲む。  孔を解すための香油や薬品とも違う感触が、皇帝の指を汚した。  白濁のそれは、ついさっき、自分の側近であるバルドに犯された証拠だった。  そこを『綺麗に』洗浄したのは、ノアだ。  問い詰めれば、言い訳をするだろう。  例えば、ユリウスに注いだバルドの想いの丈が、あまりに多すぎた。  そして、単純に時間が無さすぎた。  ユリウスの身体の奥深く。大量に溜まった精液は、例え魔法を使っても、完全に綺麗に出来なかったのだ……と。  しかし『神』が降臨し、一体化したノアがそんな失敗をするわけがなかった。  しかもノアが精神(こころ)(とき)とを操るに長けた神だというのなら、確実な方法がある。  汚された胎内から白濁を取り除くのではなく、身体全部を欲望を受け入れる前に戻せばいい。  簡単な事だ。  ノアが生贄の間で言った通り、ユリウスが『無垢ではない』ことを知った皇帝が、どんな反応をするのか。  悪趣味な答えが知りたいだけの茶番の為に『わざと』ユリウスの腸内の洗浄を怠ったのだ。  案の定。  建前上無垢なはずのユリウスが、パウルとの同衾の前に、他の男に汚された事実が発覚し、皇帝パウルの表情が一変。蒼白になった。  そして、地の底から這い出るような、怒りの声を上げる。 「エルンスト、そなたは……もうすでに『無垢なる者』ではないな!! これは一体、何たることだ!!」  しかし。  激高する皇帝に、媚薬に犯されたユリウスは、熱い息を吐きながら、不敵に笑った。

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