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第3話 強き賢者の目覚め ①隠された最愛

「痛……っ、たたた」  帝国貴族の名門、カレンベルク家を継ぐ叙勲式の朝。  エルンストは、頭痛と共に目が覚めた。  昨夜は双子の兄、ユリウスを側近のバルドに口淫させ、汚した。  その痴態を眺めながら、かなり酒を飲んだような気がする。  ここはどこだと見渡せば、ユリウスを繋いだ生贄の間に隣接する寝室。  ベッドの上だ。  どうやら、エルンストは自分の部屋にも帰れないほど泥酔し、挙句の果てに二日酔いに苦しむ結果となったらしい。  酷い頭痛で、眠る直前の事はほとんど覚えていなかった。  なのに、側近のノアの声だけは思い出して、エルンストはため息をついた。 『今まで目上と信じていた者を監禁、拘束する事は、被虐者だけでなく、加虐する方に も精神的な負担がかかります』  ユリウスは確かに、エルンストの行く手を塞ぐように、一歩先を歩いていた。  双子でありながら、勝てない。  そんな存在を力づくで拘束し、汚したのだ。  何だかいたたまれず、心がもやもやする。  本来なら尊敬すべき兄の自由を奪い、淫らに扱うことが、かなり心の負担になっている。  そんなことに改めて気づき……しかし、認めたくなくて、エルンストは頭を振った  エルンストは、カレンベルク家が管理する大図書室で、何度もユリウスに犯された。  今まで知らなかった快楽を、世界の知識が詰まった神聖な書架の前で無理矢理教え込まれたのは驚いたし、恥ずかしかった。  けれども、一番悔しくて、哀しかったのは『その時』にユリウスが、エルンストの顔を見もしてくれなかったところだ。  だから、と、エルンストはユリウスの愛に気づかず、考える。  両手を本棚につけ、獣のように四つ這いの形を強いられ、犯されていたのは、ユリウスより自分が劣っているからに違いない、と。  今日の叙勲式が終われば、エルンストは正式にカレンベルク家の当主となる。  ようやく、ユリウスと肩を並べ、追い抜くことが出来るのだ。 「そうしたら、ユリウスは、僕を対等の存在だと認めてくれるだろうか?」  そして、僕を愛してくれるのだろうか。  相手が尊敬するユリウスだというのなら、少々過激な睦みあいでも許せたかもしれない。  きちんと顔を見、優しい言葉を囁いてさえくれるのならば、どんなことでも喜んで耐えたのに。  エルンストは思い、すぐに莫迦なと首を振った。  ユリウスが押し付けてきた、気が狂いそうになるような快楽なんて、エルンストには要らない。  カレンベルク家、α性の当主として、相応の令嬢を嫁に貰い、子孫を次代につなぐだけのささやかな夜の生活ができれば良かったのだ。  だから昨日、エルンストがユリウスにした仕打ちは、やられた分の仕返しで、断固自分の趣味や性癖ではない。  エルンストは自分に言い聞かせるように頷くと、乱暴にベルを鳴らした。  使用人を呼びつけるベルだ。  普段なら、すぐに誰かが用を聞きに飛んでくるのに、今日に限って誰も来なかった。  生贄の間はその特性から、いつもの使用人が詰めて主の世話を焼くわけではない。  しかし、誰が来なくとも、腹心のノアだけは、すぐに来ると思っていたのに。  仕方なく、エルンストは頭痛を和らげる水を求めてふらふらと歩き出した。  そして、たどり着いた寝室の扉を開け……エルンストは見てしまったのだ。  ボロボロになるまで犯され尽くしたユリウスの姿を。  ユリウスは、半裸のバルドに横抱きに抱えられて、生贄の間にある大理石のベッドに横たえられるところだった。  バルドも、ユリウスと共に生贄の祭壇に鎖で繋いだはずだった。  なのに一体、どこに行き、帰って来たというのだろうか。  当たり前なはずの疑問が消し飛ぶほど、にユリウスの状態は、酷かった。  どうやら意識が無いらしい。  目を瞑り、ぐったりとしているにも関わらず、時折ビクビクと軽い痙攣をおこし、小さくうめき声をあげている。  ユリウスには、素肌の上に様々な体液で汚れた青色の布を掛けられていた。  それが、カレンベルク家の正装には欠かせない青のマントだと気づいて、エルンストはぎょっとした。  カレンベルク家は、帝国で最も身分の高い貴族だ。  その衣服を汚すことのできる者は、限られてる。  しかも、マントにどろり、とこびりついた血は、ユリウス自身のものらしい。  布で覆いきれず、飛び出したユリウスの手足には、新しい鞭の痕の他に真新しい切り傷さえ、あった。  しかしバルドは、痛々しいユリウスを手当をしようとしないどころか、いつの間にか外れていた赤い首輪を巻こうとしている。  昨夜、エルンストがユリウスにしたように、大理石でできた石の台(ベッド)につなぎ留めるつもりなのだ。  信じられない。  バルドの行動を呆然と見守りかけ、エルンストは、やっと我に返った。 「おい! 待て!」  叫び、バルドに近づいたエルンストは、ユリウスにかかったマントをはぎ取り、息をのむ。  ユリウスの白い肌一面は、無数のキスマークや、噛み痕、そして、鞭やナイフで切った痕ばかりで、まともな場所は、顔だけだったのだ。  それだけではない。  ユリウスの身体で最も酷かったのは、淫らな戒めだった。  胸の飾りにはクリップのついた二つの器具が取り付けられている。  ペニスは、尿道に細い金属棒を差し込まれ、アナルには、太い金属の張型を突っ込まれている。  そして、その三か所、四つが、透明な絶縁体に包まれた細い鎖で繋がっていた。  細鎖は身体中うねるように絡みつき、ちょっとやそっとでは、外れそうもない。  しかも戒めから強く、弱く不規則に流れる電流は、ユリウスの快楽中枢を容赦なく刺激している。  また、器具自体も、もぞもぞと蠢き動き、ユリウスが気を失ってなお、犯し続けていた。 「あっ……あっ」  器具が刺激するたびに、ユリウスは身体をビクビクと痙攣させ、耐えているはずの声を甘く響かせていた。  電気の存在は、新魔法『科学』が浸透し始めた帝国の最先端技術のはずだった。  貴重過ぎて、一般には出回らない。  万能のエネルギーの無駄遣いでしかないが、被虐者には、この上ない快楽と苦痛を与えるらしい。  苦しげに、気持ち良さげに痙攣するユリウスが見ていられずに、エルンストはマントをかけなおしてバルドを睨んだ。 「これは、なんだ! バルド! お前がユリウスをこんな風に傷つけたのか⁉」 「いいえ、違います」  叫ぶエルンストに応えたのは、ノアだった。  先に生贄の間に入り、物陰でなにかの作業をしていたらしい。  名目上の、とはいえ、主であるエルンストの声に気付くと、ノアはその前に跪いた。 「おはようございます、エルンストさま。  まさか、こんなに早くお目覚めになるとは思いませんでした」  そんな、いつもと変わらないノアの声に、エルンストは逆上した。 「僕が眠っている間に隠し事か!?  ユリウスを……僕の大事な兄上をこんな風にしたのは誰か、と聞いてる!」  大声が高じ、怒鳴るエルンストにノアはそっと顔を歪めた。 「エルンストさまです」 「なんだって!?」 「ユリウスさまは、エルンストさまが負われるべき責め苦の全てをその身に受けました。  と、言うことは。  エルンストさまが、ユリウスさまをここまで追い詰めたのと同じ、ではありませんか?」

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