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第12話

週末の夜、店は給料日明けの土曜日とあって多忙であった。 テーブルを片付けていると、 『龍聖』 インカムから店長の声が聞こえた。 「はい」 『5番テーブル行って』 「あ、はい」 『おまえにお客さん』 そう言うと、プツリと切れた。 (俺に?) 言われるまま5番テーブルに行くと、瞬時にその場の空気を悟った。 (ヤクザか……) ソファの真ん中、両手に女を抱えている男。黒髪を後ろに撫で付けたオールバック、糸目を隠すようにリムレスの眼鏡を品良くかけていた。30代前後くらいの年に見え、見るからに堅気ではないのが分かる。 「失礼します」 龍聖は床に片膝を付けて、頭を下げた。 「おまえが龍聖?」 「はい……」 男は眼鏡の奥から据わったような目を自分に向けている。何もされていないのに、男に纏わり付いている空気に押し潰されそうになる。 「まあ、こっち来いよ」 そう言って隣の女と自分の間にスペースを空けた。 「いえ、仕事中なので……」 「店長には言ってあるから、少し話ししようや」 龍聖は仕方なく男の隣に腰を下ろした。 男は名刺を渡してきた。 《藤神会 江藤組組長 江藤竜太》 「江藤……」 名刺から目を離さず、龍聖はその名を口にした。 「竜臣の叔父になる。竜臣の父親の弟だ」 「あ、ここ紹介してくれたのって……」 「俺だ。鷹志に頼まれてな」 鷹志とは桐生の下の名前で、この竜太にしてみると腹違いの兄弟になる。年からすると、竜太は弟になるだろう。 竜太が周りに目配せをすると、キャストの女と舎弟らしき男たちがテーブルを離れた。 「しっかし……本当におまえ中坊か?」 竜太の言葉にギクリと肩を震わせると、龍聖は焦ったように周囲を見渡した。 「誰も聞いちゃいねーよ」 竜太はタバコを咥えたのを見ると、龍聖はすかさずライターを手に取りタバコに火を灯した。 「大方の話しは、鷹志から聞いてる。随分苦労したみてえだな」 龍聖は俯くと、 「竜臣に……救われました」 そう言うと竜太はニヤリと口角を上げた。 「極道になるって、言ったらしいな」 本物のヤクザにそんな事を言われ、気恥ずかしいような気分になり目を伏せた。 「はい。竜臣は俺にとって命の恩人です。あいつに一生付いて行くって決めました」 「竜臣の犬にでもなるつもりかよ」 「犬でも奴隷でも、それで竜臣の為になるなら、役に立つならなんでもいいです」 「中坊のガキが、生意気言うじゃねーよ」 ドスの効いたその声に龍聖は小さく体が震えた。恐々と顔を上げ竜太を見ると、口角は上がったままでホッとする。 「あいつの為に、何かしたいんです。住む所も食べる物も与えてくれて、俺だけじゃなくて双子の弟まで面倒見てくれて、挙句、母親の借金まで……感謝してもしきれないんです。俺にはこの体しかありません。だから、極道になったら、俺があいつの盾になって、あいつを守るつもりです」 龍聖は真っ直ぐ竜太を見つめた。 竜太は龍聖の顔を見ると、「ぶはっ!」と吹き出した。 「ホントに中坊か?」 そうまた同じ事を言われ、思わずムッとし、 「そんなに老けてますか?俺……」 少し不貞腐れたような声が出た。 「いや、悪い悪い……まぁ、見た目も中坊らしさはねぇけど、見た目の事を言ってるんじゃねぇ。その覚悟、うちの下の奴らに見習わせてぇな」 クスクスと笑いを溢し、手にしていたグラスの中身を一気に飲み干した。 「中学卒業したら、俺の仕事手伝え」 「仕事?」 「こっちの仕事、教えてやるよ。どういう仕事かは聞くんじゃねーぞ」 そう言って竜太は龍聖の頭をくしゃりと撫でた。 撫でられた所が暖かく感じ、ふと幼い頃、父親に頭を撫でられた事を思い出した。 「竜臣は少し危なっかしいところあるからよ。竜臣を頼んだぞ、龍聖」 そう言って竜太は立ち上がると、舎弟たちを引き連れ店を出て行った。 (渋くてカッコいいな……) 極道になるならあんな風になりたいと、龍聖は漠然と思った。

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