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Dawn of the World -5

ぱちぱちと花火音が断続的に鳴っている。花火と花火の間には静けさが訪れて、その時には息を殺さなければならなかった。俺は目を閉じながら永久に支えられた。永シャンプーか石鹸か、わからないけれど、清潔な甘い香りが漂う。初めてこんなに近くで感じる。永久は時折俺の背中をさすりながら、しっかりと俺を抱き締めた。 「……耕平くん」 ひゅう、というロケット花火の音の後で、永久が静かに俺を呼んだ。俺は閉じていた目を開ける。小さな吐息が漏れる。 「何があったか、聞いてもいい……?」 永久は迷っているらしかった。俺は少しの間だけまた目を閉じて、すぐに開けた。温かさが馴染んでいる。 「妹に会ってた」 「妹……さん?」 「子供だって……我儘言ってる子供と同じだって言われて……何も……言い返せなくて。全部……映海の言う通りだ」 「言う通りって?」 「……面倒全部放り出して、逃げた」 「逃げたって?」 「実家の会社。跡継ぐはずだったけど、大学辞めて家出た。それで映海にも迷惑かけて……でも、俺もう耐えらんなくて……映海に言われて気付いた。俺は……ずっと誰かに俺をちゃんと見て欲しかった。日生の長男としてじゃなくて、聞き分けのいい跡取りとしてじゃなくて」 永久が息を呑んだのがわかった。また涙が零れて、永久の肩に真っ直ぐに落ちた。 「家族も……友達も彼女も……俺をちゃんと見てくれない気がしてた。将来のこととか成績のこととか……家はどこで何坪とか……そんなことじゃなくて、もっと俺を見てくれるところに行きたかったんだよ……」 「……耕平くん」 「誰かに俺を見て欲しかったし、必要とされたかった。俺じゃなきゃって……何でもいいから……そう思いたくて……」 「……うん」 「俺……捻くれてるし、我侭で子供だし……でもそういうとこ誰にも見てもらえないし……だから逃げた。他に……他に、どうすればいいのかなんてわかんなかったんだよ……」 ぐずぐずと声を少し荒げて、俺は永久の肩にいっそう強く頭を押し付けた。永久が俺の頭を撫でる。とても優しい手だった。 「耕平くん……」 「っ……」 「泣かないで」 「……泣いて……ない……って……」 「泣いてるじゃん」 「う……るさ……」 「でも、泣く必要なんかないよ」 永久は優しく言った。まだロケット花火の音が響く。 「耕平くんはちゃんと必要とされてるよ。オレ、耕平くんがいなきゃ困るもん。他の誰でもなくて、耕平くんがいい。もう一緒に飯食うのは耕平くんじゃなきゃ嫌だ」 「……とわ」 「耕平くんじゃなきゃだめなんだよ」 「……」 「オレ一人じゃだめ? 耕平くんのこと必要だって思うの、オレだけじゃ足りない? でもオレ、何人分でも、何十人分でも、耕平くんのこと思えるよ。他には一人もいらないくらい、耕平くんのこと好きだ」 「は……」 「っていうか、オレ一人じゃなきゃやだ。耕平くんを愛せるのはオレ一人でいいよ」 「なに……言って……」 「好きだよ。だから泣かないで」 永久が体をわずかに離して、真っ直ぐに俺を見つめた。涙を拭われる。俺は驚いて、ほとんど放心状態だった。永久の言葉をゆっくりと反芻する。体の中に柔らかな液体が流れていく。目を丸くしている俺に、永久が微笑んだ。 「耕平くん」 「……え」 「耕平くんは、オレのことどう思ってる? オレ、耕平くんの支えに、なれないかな?」 とん、と心臓を小さく小突かれたような衝撃があった。俺はまた永久に抱き付きながら頷いた。俺には永久が必要だ。カフェでコーヒーが冷たくなるまでの間、氷が全部溶けるまでの間、ずっと会いたかった。永久は俺の背中に触れながら、ほとんど泣き出しそうな声でよかった、と呟いた。 「……何で……お前が泣きそうなんだ……よ……」 「何か、わかんない。うれしくて?」 「ばか……」 「うん」 強く抱き締めあう。俺はもうあの家には戻れない。でももし映海が辛くなったら、できる限り助けてやりたいと思った。難しいことかもしれないけれど。 「……永久」 「うん」 「俺……も……一人でいいよ……」 「うん?」 「だから……お前のこと必要って思えるの……俺一人でいいって思ってる……から」 永久はほっとした様子でありがとう、と言った。いつの間にか花火の音は止んでいる。とても静かで、お互いの鼓動の音とか、呼吸の音が聞こえた。永久が小さく俺の名前を呼ぶ。引っ張られるように身体をまた少し離して見つめ合う。永久の手がまた俺の目尻を拭った。もう涙は乾いているのに。 「……睫毛、ついてた」 「ま……つげ……」 「ん……」 俺の目を真っ直ぐに捉えた永久の瞳はまるで夏の夜のように深い。異様に長く感じられた沈黙の後で、俺は近付いてくる永久の唇に、目を閉じた。唇がゆっくりと触れる。二度目のキスだけれど、一度目とは違った。 「ん……ッ」 ゆっくりと熱を分かち合って、舌を絡め合う。永久のてのひらがこめかみに添えられた。ねっとりと絡む舌は、まるでチョコレートのように溶けていく。永久の舌はゆっくりと俺の口内に吸い付いていった。永久はキスがうまいらしい。俺の方が翻弄されてしまって、次第に頭は働かなくなった。 「ふ……」 長いキスの後で、永久の唇がようやく離れた。いつの間にか握り締めていたらしい永久のシャツから手を離すと、シャツにはしっかりと皺が刻まれていた。その上知らない間に俺はドアまで追い詰められていた。熱くなった頬に夜風が当たる。 「は……お前……加減……しろよ」 「ごめん」 永久は笑いながら、俺の口元に垂れた唾液を舐め取った。それだけのことに、体がぞくりと震える。 「あ、敏感になってる」 「……うるせぇな」 「うん……耕平くん」 また抱き締められて、背中に力が込められる。応えるようにして頬を胸に寄せた。心地いい。 「ん……」 「好きだよ」 「……うん」 「好き」 「……聞こえてる」 「うん……触ってもいい?」 「……も……触ってる……だろ」 「だから、もっとずっと近くで」 永久が耳元に唇を寄せて囁いた。悪寒に似た快感に固く目を閉じて、それから俺は永久の腕の中で頷いた。瞬間、待ちわびていたとばかりに永久に抱き上げられる。いくら永久の方が背が高いからと言って軽々持ち上げられてしまったことはショックだけれど。 「っ……ばか、下ろせよ。歩けるって」 「すぐだから我慢して。っていうか、誰も来なくてよかったね」 「……」 「大丈夫、誰もいないよ」 「そういう問題じゃ……ん、」 目にキスをしてまんまと俺を黙らせた永久は、永久の部屋のドアを器用に開けて、部屋の中に入った。ベッドにオレを座らせてぎゅう、と抱きしめる。 「耕平くん」 「……ん」 「好き」 「ん」 「大好き」 「うん……」 「ほんと、どうしようもないくらい好き」 「……しつこい」 「うん、だって好きだから」 唇の端にキスをして、永久は幸せそうに笑った。それを見たら何だか俺も満たされたような気がして、永久を抱きしめ返した。途端、心が満たされた反動なのか、腹部がぐう、という大きな音を立てた。 「……ぶ」 「……」 「ごめん。あ、そうか。カレーあるよ」 「…………今?」 低く問うと、永久は小さく笑いながらオレを押し倒した。 「あとで」 耳から流れ込む温かい液体が空腹を忘れさせ、さらなる熱を求めて体が反応する。本当は怖いはずなのにそれを感じない。永久に身を任せながら、オレはゆっくりと目を閉じた。 差し込む薄青に、意識が浮上した。しょぼしょぼする目を瞬きで起こしながら、辺りを見回す。隣でほとんど重なるようにして永久がすやすや眠っていた。俺の右手はしっかりと永久に握られていて離れない。 「……ん……何時……っ」 時計を見るために起き上がろうとすると、下半身に痛みが走った。俺は声にならない声を上げて、目を閉じた。 「いっ……てぇ……」 男同士は大変だというのは、知識ではなんとなく知っていたけれど、実際経験してみると本当に大変だ。俺はそっと、腰になるべく負担を与えないようにしてゆっくり起き上がった。無事体を起こすと、心底ほっとする。 「……俺、体もつかな」 呟きながら、壁にもたれかかる。カーテンの隙間から、すぅ、とした光が漏れていた。 「……んー」 隣の永久が小さく声を漏らして、俺の手をぎゅ、と握った。俺はしっかりと握られている手に少し笑いを零して、永久の額にキスを落とした。 「好きだ」 そういえば昨日一度も言わなかったな、と思って、ふと口にしてみると、なんだかすごくくすぐったかった。永久が起きているときに言えるのはまだまだ先の話になりそうだ。 俺はまた少し笑って、永久の髪を撫でた。 世界は濃紺から白へのグラデーションを少しずつ辿っている。 朝がゆっくりと目を覚ます。 小鳥がさえずり始めて、街が動き出す。 そしてまた、一日が始まる。

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