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ハーフタイムシャッフルとアメリカン・スピリット

 ガラスにうっすら反射する自分の向こうの、通り過ぎる人を、車のヘッドライトを、信号の色を、ぼんやり眺めている。待ち合わせの時間まであと十分だが、終わったらすぐに向かうなんて大雑把な約束では、それもあてにならない。  ホットコーヒーも半分に減り、すっかりぬるくなった。  わざわざ窓際の寒い席に座って、もしかしたら彼の車がそこを通るのじゃないかなんてちらちら見ては落胆している。彼の車は古いセドリックで、最初はクラシック・カーが趣味なのかと思ったが、若くて金がない頃に父親に譲ってもらって以来なんとなく手放せないでいるのだと後で知った。彼は愛車を「ご老体」と呼び、そうするたび慈しむような目をする。  ヴ、と短く震えた機体の、真っ暗な画面に通知が浮き上がる。慌てて覗き込めば単なるニュースの配信で、俺は何度目かにため息をついて、またガラスの外を眺めた。  人を待つのが苦手だ。  いや、昔はそうじゃなかった。  彼を待つのが、苦手だ。  この見た目のせいで、遊んでいそうとか、軽そうとか、いつも見くびられてきた。  一回会って、ヤッて、またねと別れてそれっきり、なんて関係ばかりだった。  誰とでもそうだったから、原因はきっと自分にあったのだろうが、誰も教えてくれなかった。気づけばろくに人を好きにならないまま大人になってしまい、だから、彼と出会った時、俺の心はゼロを中心に一ミリだって振れなかった。  店内に流れる、ハーフタイムシャッフルのリズム。  今流れているのがTOTOの「Rosanna」だって気づいているのが、気づいているとしてこんなに耳を傾けてしまうのが、俺以外にいるだろうか。  有線放送からAORのヒット曲ばかり流れる、薄暗い店だった。  あの時もTOTOが流れていたのを、妙におぼえている。  じんわりと唇が痺れるような錯覚に襲われ、指先で擦る。たまらずに縋るのは胸ポケットの煙草で、喫煙席に自分一人なのが心苦しくもあり、風もないのに背中を丸めて手のひらの中で火をつけた。  ほんのり甘く、ほんのり冷たい、アメリカン・スピリットのメンソールワン。  あの夜に煙草を交換し、一口吸ってしまってから、この味でなければ満足できなった。  コンコン。  硬くて小さな音が、続けて二回。  はっと顔を上げると、コートの襟を寒そうに掻き寄せて笑う彼がいる。  ごめん、って言っているのかな。  俺はたっぷりタールを吸い込み、ガラスへ向かって煙を吹きかけると、照れくささをごまかしながら右手を挙げた。
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