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DNA
生まれる前から一緒の命だった僕らだから、僕はお前でお前は僕で、そこに境目なんてないと思っていた。手を繋がなくても体温がわかるし、聞かなくても今朝どんな夢を見ていたかわかる。フミのお腹が痛ければ僕のお腹もしくしくと痛んだし、僕が熱を出せばフミも同じように熱を出した。
変わったのは僕らが中学三年生に上がった頃で、フミは僕の友達から距離を置き、良く似合っていた髪を短く刈り、ピアノを辞めて、志望校を変えた。僕は追いかけるように髪を切り、ピアノを辞めたが、フミに強く懇願されて同じ高校に行くことができなかった。
「おねがい、トーヤ。俺たち一緒じゃだめだよ」
今でも僕らは一つの子供部屋をあてがわれていて、両側の壁にひっつけたそれぞれの机で宿題をし、それぞれのベッドで寝ている。向こうの壁には、一駅先の高校の真新しいブレザーが掛かっていて、僕はそれを見る度に、お揃いでない自分の制服を恨む。四月生まれの僕らにとってほんの少し特別な季節に、こんなに晴れない気持ちでいるなんて、十五の自分は思いもしなかったのに。
「フミ、学校は楽しい?」
DNAを複写した血の流れる弟の背中に、声を掛ける。
「トーヤは?」
椅子ごと振り返って僕を見ておいて、答えをはぐらかすフミに、僕は唇を尖らせた。
「つまんないよ。フミがいない」
「またすぐ、そういうこと言う」
「ほんとのこと。ずっと一緒って、約束したのに」
「子供の頃の話だろ」
「……そんなに俺と一緒が嫌なの?」
枕を抱いて、ぎゅっと顔を押しつける。
これが下手くそな芝居だって知っているのに、フミは絶対に無視したりできないって、僕は知っている。
ベッドの横が沈む。
「……俺がトーヤの隣りにいたら、トーヤ、彼女もできないよ」
「いらないよ……フミがいる」
「バカ」
肩と肩が触れる。
「ね。俺、知ってるよ。フミだって、ずっと俺といたいくせに」
「それじゃだめなんだ」
「なんで?俺たち、最初から一つだったのに」
「最初はね。けど、今は違う。俺たちもう、別の人間なんだから」
「……そうやって諦めるのかよ。戻ろうよ、フミ、俺、戻りたい」
フミの肩に頭を乗せて、首筋に鼻先をこすりつける。
こすれた肌から立つにおいは、同じなのに、こんなにも胸が苦しくなる。
一つの命だった僕らの身体は、いつだって響き合う。
テレパシーなんてなくたって、考えていることがわかる。
フミのお腹が痛ければ僕のお腹も痛むし、フミが悲しければ僕も悲しい。
「いっこになりたいよ……」
別々の人生を歩まなきゃだめなんて口で言って、フミはずっと泣いている。
僕に新しい友達ができることが、本当はひどく気に食わないのだろう?
彼女なんてできたら、死んでしまいたいって思っているだろう?
だって。僕も同じなんだ。
お前はもうずっと前から、僕はもうずっと前から、僕と、お前と、夢の中でセックスをしている。
夏休みにふざけて観たAVみたいないやらしいキスをして、あれをしゃぶって、硬くなったのをお尻にねじ込むんだ。きりきりと痛くて熱くて、でもいつかすごく気持ち良くなって、どろどろに溶けて境目なんてなくなって、やっと僕らはまた一つに戻れる。向こうの壁際のベッドでフミが息を殺している時、僕も同じように自分を慰めている。僕だって一緒なのだ。僕だって、お前だって、全部気づいていて、お互い知らんぷりをしているだけなのだ。
「フミ」
「トーヤ」
腕と腕、脚と脚が絡み、くちゃくちゃの毛布の上に倒れ込む。
「……だいすきだよ」
息遣いと声が、完璧にユニゾンする。たぶんそれは、ひとつだった。
そして僕らは初めて、夢の外で、恋人のキスをする。
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