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恋一夜

 俯きがちに屈んだ時現れた、背骨の凸凹が妙に色っぽかった。  するりと下着を下ろし、左足を抜き、右足を抜く。  そうすると彼は全裸で俺の前に立つことになり、ただじっと見られるのが辛いのだろう、表情を歪ませて頬から耳までを真っ赤に火照らせる。  下腹がむずりと疼いた感覚はあった。 「……だいじょぶ、そうだね」  ゆるく勃った俺を見て少し嬉しそうな顔をし、彼はそのまま俺の前に跪き、股座に顔を埋めた。  営業課の俺と総務課の彼は、直接的な仕事の関わりはなかった。  同期入社の一人という以外に共通点はなかったが、逆に言えばその程度の付き合いはあったので、見知らぬ他人ではなかった。  内勤の彼は社内では背広を脱ぎ、よくカーディガンを羽織っていた。そんなことばかりおぼえているのは、時々見かけるその姿が、どことなく学生っぽくて可愛いなと思っていたからだ。彼の、衣服の下の身体を知ることになるとは思わなかった。見かけよりずっと痩せていて、下肢の体毛なんかは黒々と濃い。  ギ、ギ、ギ、ベッドのスプリングが軋む音と、あ、あ、あ、喉を潰すような彼の声。  尖った膝、張り出した肘、浮かび上がったあばら、全部が乱暴に抱くのを躊躇わせたが、それを悟ると彼はすぐに「もっと」と乞い、その骨と皮の痩せた身体の中、温かい内臓の極上の感触に溺れた俺は、すぐに気遣いなど失った。  一度でいいから抱いてほしい。  彼にそう言われたのはほんの数時間前だった。あの時はお互い酒も入っていたが、もう、汗とともにすっかり抜けてしまったろう。  男を抱いたことなどなかった俺はなにより戸惑ったが、操を立てた相手がいるわけでもない独り身、どうせこのまま帰っても一人で抜いて寝るだけだと思えば、必死の彼に付き合うのも悪くないと思った。 「あっ、あっ、いいっ、いくっ、いくっ」  掴んだ腰ががくがくと揺れ、彼の腹に濃い精液が散った。  おぼえたてのように、いや、事実おぼえたてのセックスに、明け方まで夢中になった。  目が覚めると、隣にはしどけない姿で眠る彼がいる。  まだ情交のにおいの消えない部屋に、空気清浄器の低い音が響いている。彼の閉じた目蓋が、唇が、真っ赤に腫れている。布団をめくった拍子に見えた、尻の隙間の肉色に誘われる気持ちを振り払い、俺はベッドを下りた。浴室の扉を開け、鏡に映った自分を見て驚く。  両腕と肩口に、赤紫の歯型がついているのだ。  ああそう言えば、と思い出そうとすれば、また勝手に下腹が疼く種類の記憶。枕を噛むくらいならと、嬉々として差し出したのは俺だ。  一度でいいと彼は言った。  寝入る寸前の俺に、ありがと、と囁いたのはたぶん夢ではない。  シャワーを捻って、身体を冷ます。  この一夜を、この朝を始まりとする算段を、俺は回らない頭で立て始めていた。

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