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約束

 生まれて初めての愛の告白は、幼稚園の時。相手は隣の家のサトルお兄ちゃんだった。六歳上の彼は、愉快そうに笑っていたっけ。 「大きくなったらね」  子供の俺にとっては、中学生になればもう大人になったも同然だった。二度目の告白に、サトルお兄ちゃんはやはりくすくすと笑うばかりだった。 「俺の背を越したら、考えてあげるよ」  中学三年生の夏休みまで、俺は前から数えたほうが早いくらい背が低かったが。そこから成長痛を伴いながら一年で二十センチ伸び、あっという間に彼を追い越した。その後も減速しつつさらに十センチほど伸び、すっかりサトルを見下ろすようになった。腕を広げれば簡単に彼を抱きしめられるし、少し力を入れれば押し倒せる。髪と同じにおいのベッドに押しつけて三度目の告白をすると、唇へのキスを拒んで頬で受けた彼は、くぐもった声で言った。 「俺よりいい大学を出たらね」  優秀だった彼の母校よりいい大学など、日本にはそうない。  しかし俺は猛勉強の結果それを実現し、次の約束を見越して、四年後、いわゆる一流企業の内定を引っ提げてサトルに会いに行った。 「ちゃんと恋愛してから、おいで」  生まれてからずっと彼一筋だった俺への、むごい言葉だったと思う。  新社会人の俺は合コンを繰り返し、見込んだ女に手ほどきを受け、多少は危険な遊びもした。  そうしてここに、一人の「ハイスペックすぎて手が出せない」男が作り上げられたわけだ。自慢ではない。むしろ、自虐だと思っている。  シャツから伸びた、象牙色の脚。前を留めているボタンの、最後の一つをを外す。二十五年間焦がれた、サトルの一糸まとわぬ姿だった。体格をすっかり凌駕して久しい、ドールのようにどこもかしこも滑らかで繊細な造りの、美しい身体。太陽に透かすとやや明るく見える髪の奥、やはり上等なドールアイのように澄み切った瞳に、ゆらゆらと光を湛えている。あの頃から変わらない、美しい人。 「ねえ、サトルくん。俺、サトルくんの理想の男になったでしょ?」  首筋に口付け、そのまま舌を這わせる。 「サトルくんより背が高くて、頭が良くて、いい会社に勤めて、いい恋愛も悪い恋愛もしてきて……サトルくんのこと死ぬほど好きな、サトルくんのことしか好きじゃない男だよ。約束全部、守ったでしょ」 「ん……」  鼻の奥でかすかに喘いだサトルを、たまらずに抱きしめる。 「抱いていい?」 「……いいよ」 「めちゃくちゃに」 「……ん」  もじもじと内股に閉じたサトルの脚を、無理やりに開く。ばね仕掛けのように現れた彼は、赤く熟れて今にも弾けそうだったが、それは俺も同じだった。 「俺を待たせてる間に、何人に抱かれたの?」  柔らかい唇、呼吸のたび色づく肌、まだ触れたことのない奥の奥。それを知る他人がいる。俺は彼を想うのと同じくらいの長い時間、そのことに嫉妬してきた。 「誰も」  囁くよりも小さな声だった。 「え?」 「……誰とも、ないよ」  いつだって余裕の笑顔で俺をあしらってきた彼は、今年で三十になった。  時の止まったように瑞々しいままの身体で、こんなふうに俺を煽っておいて。まだ揶揄い足りないのだろうか。  サトルの唇が、俺の耳たぶに触れる。 「だって、俺はユータのものなんでしょう?」  理性のタガが外れる音というやつを、生まれて初めて聞いた。

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