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幸せはポケットのなか
ピーン、ポーン。到着のチャイム音が、遠くに聞こえる。
東海道新幹線のこの音を聞くのは、正月の帰省以来だ。着いたら連絡するように言ったけれど、着信はまだない。しばらくして、続々と改札から人が出てくる。キャリーケースにつま先を轢かれそうになって少しステップを踏み、気を取り直して人波に目を凝らすと、まだしばらく途切れそうにないざわついた行列の奥に小さな頭を見つけた。
切符を大事そうに胸の前で握り締め、きょろきょろしながら、少しずつこちらへ近づいてくる。
「三冬」
思い切ってかけた声がたぶん届いたのだろう、幼馴染はぱっと顔を上げて、それから小動物のようにぴょんと飛び上がり、切符を持った手をぶんぶんと振った。
「とも兄」
智規のことをそう呼ぶのは、三冬だけだ。お互い一人っ子だったから、本当の兄弟みたいに育った。彼の名前に数字の三が入っているのは、三番目の子供だからではなく、故郷の地名を取ったからだそう。
智規が手を振り返すと、さらに手を振り返し、そうするうちに改札の順番が回ってくる。三冬はおっかなびっくりな様子で改札に切符を通し、小走りに智規に駆け寄ってきた。
「とも兄、久しぶり」
「うん、久しぶり」
「とも兄、またかっこよくなったね」
「やめろって」
小さな頭を小突くのも、正月以来だ。
髪はいつ短くしたのだろう。眼鏡も変えたみたいだけど、三冬のセンスとは思えないくらい似合っている。服装だってそう。白いシャツの上に、オーバーサイズのスウェットを被って、下はスキニーパンツ。くるぶしが見えるように裾を折り返して、足元はローカットのスニーカー。もしかして、ファッション誌なんて読むようになったの?
「とも兄?」
「三冬、ちょっと変わったな」
「そうかな、全然だよ」
「なんか、おしゃれになったし」
「これは、だって」
俯いた三冬が、智規のパーカーの袖を引っ張る。
「せっかく、とも兄に会うんだもん」
雑踏に紛れそうなほど小さく呟いて、耳まで真っ赤になる。
はあ、と、東京駅の天井を仰いで、智規はその細い手をパーカーのポケットに引き入れた。
「わ、とも兄」
「なに?」
「……ううん、なんでもないよ」
俯いたまま、今度は上目遣いに智規を見て笑うのだから。うっすらそばかすの浮いた、ほんの少しファニーで、でも可愛らしいドールのような三冬の顔。たった二つ違いとは思えない、少年のようで少女のようでもある、華奢な身体。
「三冬、どっか見たいとこある?」
「いっぱいあるよ」
「どっから行こっか。あ、まず荷物な、コインロッカーに預けて」
「うん」
ゴールデンウィークに遊びに行ってもいい?なんて突然言うから、帰省の予定はキャンセルになった。そもそも正月に帰ったばかりだし、三冬がこちらに来るなら、自分が帰る理由はほとんどなくなってしまう。
「ねえ、とも兄、東京駅ってスタバある?」
「はは、あるけど」
「行きたい」
「いいよ」
さも東京駅に慣れているような顔でいるけれど、実のところ、全然詳しくない。ここは、貧乏学生には縁のない場所なのだ。とりあえず、スタバの正確な場所を探さないと。歩いていれば見つかるかな。
ふと、肩のあたりで三冬の小さな頭が揺れる。
「あのね、とも兄」
「なに?」
進学を機に東京での一人暮らしが決まった時、少し覚悟を決めた。
覚悟の中身はなかなか複雑だったが、主には、告白の覚悟と失恋の覚悟だった。
子供の頃から大事に大事にしていた、弟同然の幼馴染。彼に想いを告げて、じゃあね、と笑って別れるつもりだった。
うっとり、日光浴でもしているみたいに目を細めた三冬が、背伸びをして智規に顔を近づける。最初に吹き込まれたのは、そよ風のような失笑の息。次に、柔らかい囁きが耳をくすぐった。
「ずっと、手、繋いでてね」
終わり
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