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きらきら
「涙が甘かったら、少しはましな気分になると思わない?」
からからの喉、ずきずき痛む頭、詰まった耳、垂れる鼻水。
自分の声をどこか遠くに聞きながら、瞬くとまた涙が落ちる。
歪んだレンズに映っているのは二十年来の幼馴染で、彼はといえば、頬杖をついた姿勢を変えずに、これといった感情の読めない目で僕を見ている。
「しょっぱいから、こんな、悲しいんだ」
語尾がみっともなく嗚咽でひっくり返り、頬を伝った涙が口の端に、舌に、塩辛く染みる。ずいぶん前に拭うことをやめた僕の代わりに、向かいの幼馴染が手を伸ばして、二、三枚引き出したティッシュでがさつに僕の目元を擦る。
「好きだったのに……」
くぐもった声を上げて、僕はまた泣いた。
今年に入って二度目の失恋。
人生で何度目の失恋かは、数える時間をもらわないと答えられない。
自慢ではないが、僕は告白を断られたことがない。
たぶんだけど僕はゲイで、今のところ同性しか好きになったことがなく、よって僕が告白するのは必ず男なのだが、それでもノーと言われたことがない。
そして自慢でも自虐でもないが、そうやって付き合うようになった相手と長く続いた試しがない。
軽い気持ちで誘ったことなど一度もなく、いつだって真剣で、いつだってきっとこれが最後の恋愛になるだろうと思っているのに。僕の感じた運命は、たとえばメールひとつ、たとえば新作のフラペチーノひとつと引き換えに、いつだってなかったことにされてしまう。
「ほら、鼻も」
促されるまま鼻をかんで、ひりつく目蓋を開ける。
幼馴染はやはり、これといった感情の読めない目で、憐れむでもなく怒るでもなく僕を見ていた。
彼にとって、惚れっぽい幼馴染が失恋し、突然押しかけてきて泣き崩れることなど、もはや日常茶飯事レベルなのだろう。そう、日常的にこんな面倒なことに付き合わされているというのに、彼は僕を憐れんだり怒ったりしないのだ。
見事な軌道で丸めたティッシュをゴミ箱にシュートしてから、のそり、と立ち上がる。ちょうど風呂上がりだったらしく、スウェットのズボンにタンクトップを一枚被っただけの軽装が、スタイルの良い身体つきによく似合っていると思う。昼間もコンタクトはやめてそのセルフレームの眼鏡を掛ければいいのにといつも言っているのに、なぜか取り合ってくれない。
「ふう?」
鼻声で呼び止める僕を無視して冷蔵庫を覗き込んでいたが、やがて、ゆっくりと振り返る。
「ビールしかないけど、飲む?」
「……甘いのは?」
「ねーよ」
ちらりと笑って、冷たいバドワイザーを一本、僕に放り投げた。
途中でつけたテレビは次のプログラムへ移り、品のない笑い声が響いている。なんとなく夜風が冷たく感じてベランダの窓を半分閉め、それでも少し肌寒くてパーカーを借りた。
「涙が甘かったらさ」
缶に唇をつけたまま、面白くもなさそうにテレビを眺めていた幼馴染が、面白くもなさそうにぽつりと言う。
「え?」
「さっきの話」
「あ、うん、さっきの」
「お前の涙は、なんか、金平糖みたいなんだろうな」
「……なにそれ、トゲトゲしてるって意味?」
頬が熱くなったような気がして、思わず両手で押さえる。癇癪に任せて口走ったことを蒸し返されるのは、どうやらとても恥ずかしいことらしい。恨めしい気持ちで幼馴染を睨むと、見返してくる眼鏡の奥の目は、さっきまでの冷めた色ではなく、深煎りコーヒーのような優しい色だった。
「いろんな色がついてて、星みたいにきらきらしてて、さ。甘くておいしいんだろうな」
「ふう?」
ふい、と、またテレビに向いてしまった横顔。
耳たぶが少し赤く見えるのは、さんざ泣き腫らした目のせいかもしれない。
「……ふうは、金平糖、好き?」
クッションを抱く腕に、力が入る。
ずっと前にゲームセンターで取ってもらったキャラクターもののクッションは、結局、この部屋の僕専用になっている。
失恋の数なんて数えられないけれど。最初の失恋だけは、憶えている。中学二年生だった。幼馴染に最初のガールフレンドができた、あの時だ。
「好きだよ」
白、水色、ピンク、黄色――きらきらの金平糖が弾けた。
終わり
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