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第2話

アレクの部屋にいたのは、今までにあったことのない背の高い男だった。 黒く日焼けした肌、古傷のついた頰、シャツの上からでもわかる、鍛え上げられた体躯。その男らしいかっこよさに、エレンは思わず釘付けになる。 「彼はヨル・スタンフォード。民間のボディーガードだ。 そして彼が君への誕生日プレゼントだよ。」 「…?あの、もう少し説明をいただけますか?」 まさか人身売買的なものではないだろうが、人がプレゼント、とはどう言うことだろうか。 「君に、ちゃんと遊んで欲しいと思ってね。」 依然として意味がわからないままでいると、さらにアレクが付け加えた。 「エレンをアルクトゥールス(この世界でのSPのような存在)が警護できるのは、私と一緒にいるときと、学びの場に行くときだけだ。だから私は子供達だけでの外出を今まで禁止していた。 しかし私はエレンに、博物館やテーマパーク、映画…それ以外にもたくさんの、行きたいと思う場所に行って欲しい。 彼は私が雇った警護だから、君の行きたいところどこにでも、ついていける。」 アレクが説明を終えると黙っていたヨル呼ばれた男が、付け加えるように口を開いた。 「私はこれから1ヶ月のうち3週間、エレン様の警護にあたります。どこか行きたい、などの他に力仕事などもお任せください。 あ、でも勉学などは勘弁してくださいね。」 独特の訛りのあるイントネーションから、エレン達の住んでいるアトライア出身ではないということがわかった。 それにしても、艶っぽい声である。低いのに、その見た目からは想像できないほどに優しい。 そして彼が発した声を聞いた瞬間、エレンに閃光で射抜かれたような衝撃が走った。 自分の中の何かが、彼の全てを好きだと言っているようだった。顔も、身体も、口調も、声も、その立ち振る舞いも、全て。 やけに心臓の音が大きい。この胸の高鳴りが何によるものかがわからないまま、エレンはぼうっとその場で立ち尽くした。 味わったことのない感覚に、動揺している自分がいる。 「…レン、エレン。 やっとこちらを見たね。気に入ってもらえたかな?」 アレクの声でハッと我に帰ったエレンは、低迷する思考の中でなんとか感謝の言葉を述べた。 「明日から、学びの場に向かう時もアルクトゥールスではなく彼が同行することになる。 だからこのあとは彼にも君の部屋で過ごしてもらって、少し馴染んでもらおうと思っている。 後は頼んだよ。」 アレクがヨルに手を差し出す。その手をがっしりと握り、ヨルは頭を下げた。 「お任せください。 エレンさんも、これからよろしくお願いします。」 「はっ、はいっ!!」 艶っぽい声で囁かれ、エレンの肩はピクリと跳ねた。アレクとの握手を解いた後、ヨルの手はエレンに差し出されて。 エレンはそれを反射的に握った。 …大きい。 繋がれたとき、まず初めにそう思った。冷たいけれど、優しい手。繋いでいるだけでなぜだか落ち着く。 「エレンさんの手、熱いですね。」 「そ、そうですか…?」 「はは、珍しいな。エレンが緊張しているなんて。」 アレクに言われ、ヨルの手が冷たいわけではなく、自分が火照っているのだと気づいた。 きっと今自分の顔は真っ赤なのだろう。恥ずかしさで俯いてしまう。 「ほら、エレン。そろそろ部屋に戻りなさい。|アルクトゥールス《sp》なしで外を歩くだなんて、初めてだろう。楽しんで。」 渋っていると半ば無理やりアレクの部屋を追い出された。 どうしようどうしよう、初対面の相手と2人きりで部屋へなんて、こんなこと初めてだ。しかもこんなにかっこいい人と…。緊張してしまって声が出なかったらどうしよう。 「あああの、こ、これからよろしくお願いしますっ!!よ、ヨル、さん…?」 混乱しているエレンをよそに、ヨルはおおらかに笑った。 ひどく吃ってしまったから、おかしかっただろうか。不安になる。 「俺はエレンさんにさん付けされるような身分じゃありませんよ。タメ口で、呼び捨てでいいですから。」 「でも… 」 「あと部屋番号、教えていただけますか?」 「に、2008…。」 「すぐそこですね。本当に中にお邪魔しても?」 「い、いいよ…です。」 だめだ、何を言おうとしても緊張してしまう。足もカクカクしてうまく動かない。 まるで水の中でいきなり泳ぎ方を忘れてしまったみたいに。 どうして?たくさん年上の人と話したことはあるけれど、こんな風になったのは初めてだ。 その理由をエレンが知ることになるのは、今から何年か先の話である。

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