5 / 19

第4話

デネボラと言う組織がある。 民間警護組織であるデネボラは、ヨルの父親が立ち上げた、全組織員Ωのボディーガードで構成されていると言う世にも珍しい組織だ。 ヨルの父親には人を殺めた過去がある。すでに瀕死状態だった相手をこれ以上苦しまないようにするためであったが、殺したという事実は彼にまとわりつき、せめてもの償いでこの組織を立ち上げたらしい。 少しでもこの世界を変えられるように。少しでも誰かの命を守ることができるように。 注意をひかないためにも本部の外見はボロ小屋であるが、政治家などから危険な依頼を多く受けているため、内装は綺麗で、割と広かったりする。 “今日もかなりハードモードだったな…。” 護衛と言っておきながらほぼご令嬢の荷物持ちで、さらには苦手な高級洋服店に連れられ着せ替え人形にされたり、カフェで残り物を食べさせられたり。 たっぷり生クリームのパンケーキなど、思い出しただけで歯が浮きそうである。 そんなことを思いながら本部の自らの椅子に座りブラックコーヒーでヨルが一息ついていると、軽快な着信音とともに一通のメールが入った。 内容に目を通し、思わず盛大なため息を漏らした。辺りを見回すと残っているのは組織長の自分を除けば副組織長のヴィクターだけでひとまず安堵する。 「浮かない顔してどうした?ヨル。」 「…厄介な依頼が舞い込んできた。」 ヴィクターがどれどれとPCの画面を覗くと、盛大に顔をしかめた。 「総理大臣の息子の警護か…。しかも大人になるまでってかなり長期的だな…。わがままだろうし失敗したら首は飛ぶだろうしなにせαだろう…。無茶を言う。」 「いやだが… 」 「断れないしな…。」 「お互い20代なのにすでに命の危機だな。」 「まあそれはいつもだが…。」 「月の中で一週間は休みにしてくれるらしい。それだけが救いだな。ヒートに合わせて取ればいい。」 「だな…。」 たしかにデネボラは政界御用達ではあるが、流石に総理の息子なんて話は聞いたことがない。 ヴィクターとヨルは顔を見合わせ、再び盛大にため息をつく。 そのあとじゃんけんで負けたヨルが行くことになるまでがセットであった。 …とまあ、そう言うわけで来てみたはいいものの、なんだか予想していたのと違い、やけにいい子だ。驕っていないし、むしろ初対面の相手に慌てふためく姿が微笑ましい。 おまけにこちらに対して敬語を使うと来た。 「よ、ヨルさんは、えっと…、」 ガタッ、と目の前でミルクティーを飲んでいたエレンが立ち上がり、言った。何か話そうと言い出したはいいものの結局話題が見つからなかったらしい。 「ヨルでいいですよ。あとは敬語もいりません。」 「じ、じゃあ、ヨルさ…、ヨル、も、敬語使わないでくだ…使わないでっ!!」 …反則だ。ヨルは盛大に頭を抱えた。この少年は素直で可愛すぎる。譲らない、と言うようにじっとこちらを見つめられれば、断ることなどできるわけがない。 「…じゃあエレンさん。これでいいか?」 「そ、それで、いいっ!…僕、わからないんだ。お父様は、僕に遊べって言うけれど、何をすればいいかわからないんだ。 ヨルは、僕くらいの歳の頃、どんな風だった?」 敬語をやめたことでだいぶ緊張がほぐれたらしい。先ほどまで引きつっていた表情も、自然に笑っている。 「…遊び、か。」 ヨルは腕を組みをして考えたが、何1つ思い当たらない。なにせヨルの幼少期といえば、“訓練訓練訓練”、の一言に尽きるからだ。 「俺はそういうのと無縁に生きてきたから、よくわからなくて…。」 「そっか…。」 「一緒に探しましょう。」 しゅん、と効果音がつきそうなほどエレンが落ち込んだので、ヨルはとっさにそう言った。探すってなんだ。当てなどどこにもないではないか。 「そっか!ネットで調べれば…!」 ぱあっと、エレンの顔が輝いた気がした。笑顔も無垢で、やはり可愛らしい。 それから2人で調べ物をして、遊園地や水族館などが候補に挙がった。寝るまで調べ物をして、交互にシャワーを浴びたら、2つあるベッドにそれぞれ1人ずつ横になって、向かい合って。 そのあとでエレンが独り言のように囁いた。 「…ねえ、ヨルは今までどんな風に生きてきたの?」 この国でΩに人権などない。だから単純な興味でて聞くにはヨルの人生は重すぎる。 幼い頃からずっと暇あればヨルを鍛えてくれたヨルの父親は、αを護って怪我を負い、Ωだからと手当されることなくこの世を去った。そのあとヨルを育ててくれた父の友達も、だいたい末路は同じで。 どんなに命を張ってもαは自分たちを助けてくれない。それならなぜ守るのか。疑問を覚え、なんどもこの組織を壊そうと思った。 けれど、その度に父の言葉を思い出した。 “Ωが不要で悪とされる世界を、少しでも変えたい。少しでも必要だと、自分たちは同じ人間だと示したい。 組織の活動を続けていれば、いつかきっとそんな世界になるかもしれない。だから諦めたくない。” それが父の願いなら、続けてやろうと思ったのだ。 こんな暗い話をしても、きっと酒の肴にさえならないだろう。だから、嘘をついた。 「家が貧しくてよく親の手伝いをしてたし、憧れていたボディーガードになるために身体をたくさん鍛えていたからあそぶ暇はなかったが、充実した毎日だったな。」 「そっか。僕は家の手伝いなんてしたことないし、いつも勉強ばっかりだ。 学んでいればなんでもできると思っていたけど、それも違うんだな。ヨルはすごい。」 クライアントにそんなことを言われたことはなくて、Ωであると明かすことがなくても、いつもどこか見下されていた。だからそんな風に言われたら、動揺してしまう。 「そんな大した奴じゃありませんよ。」 それっきり会話がなくなって、でも眠れなくて、その日は穏やかな夜を過ごした。

ともだちにシェアしよう!