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第9話
キングサイズのベッドは、ガタイの良い男2人が乗ってもびくともしない。その上で無造作にシャツのボタンを外しながら、ヨルはため息をついた。
「どうした、ヨル。気分でも悪いのか?」
同じベッドの上、すでに服を脱ぎ終えているヴィクターは、そんなヨルの様子を見て苦笑いを浮かべた。
「…ヒート中で気分がいいわけないだろ… 」
父の形見である手巻き時計を取りながら、ヨルは答える。
そう、今は3ヶ月に一度のヒートの時期だ。そしてヨルはデネボラの中にいる。今回の休みはヒートに合わせて取った。
期間はだいたい3日から1週間。
性欲を適度に発散させた方が短く済むため、ヨルはヒートの時期が同じヴィクター(デネボラの副組織長)と、お互いに発散させ合うことが多い。
「それにしたって今日はやけに消極的じゃないか?あの子が絡んでいるのか?」
ヴィクターの言うあの子、とはエレンのことである。
「…んなの関係ねぇよっ!それよりとっとと済ませるぞ。」
「そんなぞんざいな言い方をされると、興が醒めるじゃないか。」
「そんなに勃たせといてんなわけっ…
…んっ///」
言い終わらないうちに四つん這いにされ、胸部の突起を弾かれるとともに、ジーンズとパンツをずらされた。
愛液で湿った柔らかい後孔にαの性器をかたどったディルドを挿れられて、びくりと身体が跳ねる。
「…いい反応だ。」
ヴィクターが、小さく口端を舌で舐める。
「うるさい!!お前も後で覚悟しとけよ!!」
ヴィクターの恍惚とした表情にゾッとして、後孔にディルドを挿れられているという情けない格好にもかかわらずヨルは半ば怒り気味に言い返した。
「お手柔らかに。」
笑いながら今度はディルドを引き出されると、ぐちゅりと卑猥な音がした。
「ぁっ… 」
幾度も繰り返すうちに、自分のものとは思えない嬌声が漏れていく。大きなモノで奥にある子宮口をえぐられる快感は、なんとも言い難い。
互いにΩということもあり、どこをどのようにすれば気持ちいいかはよくわかっている。
少し焦らしながら、ディルドを抜き差しして、相手が達したら交代し、その繰り返しを何度か行ってお互いに精を出しつくしたら、終了する。
この行為に意味などない。ただ快楽を享受するだけの、浅ましい行為だ。
それでも毎回溺れる自分に、ヨルはまた嫌悪を抱いてしまうのだった。
「私にも一本。」
「自分で買えよっ!!」
そう言いながら一本だけ、自分の箱から取り出して渡す。ため息とともに出た白い煙は、そのまま夜の闇に吸い込まれていった。
「…なあヨル、お前、あの…エレン?という子のことを、ただの依頼人としては見ていないのでは無いか?」
ヴィクターがタバコを燻らせながら、ふとそう口にした。
「…どういうことだ?」
「まず、あの子に会うまでお前は私と慰め合うのを拒否していたし、最近は慰め合う間もどこか上の空だ。時に拒絶しているように見える。
それに、最近のお前はここに帰ってきている間、何故だかとても寂しそうにみえるのだよ。」
ヴィクターに言われ、よくよく考えてみる。確かに、エレンと一緒にいる時といない時、なにかが違う気がした。
なにがというとうまく言葉に表せなくて、しかし無理に言葉にするなら、心の中の大切な一部分をどこかにごっそり忘れてきたような。
喪失感がある、とでも言うべきだろうか。
なにも言えなかった。
「図星か。どうするんだ?その子はお前のことを好いているかもしれない。」
「…俺はΩだし、あり得ない。」
「しかし、お前がΩであることを彼は知らないのだろう?」
…確かに。
その通りだ。返す言葉が見つからなくて、また黙ってしまう。
「もし、告白されたらどうするんだ?」
さらに追い討ちをかけられた。
…もしエレンに告白されたら。
きっと嬉しいだろう。
αは全員、差別主義のロクでも無い奴ばかりだと思っていた。しかし、エレンについては、そう教育されてきたからΩを差別するだけだ。
エレンは、この国のことが大好きで、いつも向上心を持ち、努力を惜しまない。その頑張り屋なところや、時折ヨルに見せる子どもらしいところが、愛おしい。
でも、だからこそ苦しめたく無い。それに、…
「…って、たとえ俺がΩじゃなくてもこれから国を担うような人物に惚れられたりしねーよっ!!」
「それはどうかな。」
「ああないね、絶対ないねっ!!人からかって楽しむなっ!!」
ヴィクターがなにか面白そうに含み笑いを浮かべていたので、イライラして背中を思いっきり叩いてやった。
「あっ、流れ星。」
「えっ、どこっ!?」
「流れ星を見て流れ星だと言葉を発している時には、普通もう見えないだろう。」
「たしかに…って、おいっ、まだ取るのかよ!!」
ヨルがなるほどと納得している間に、こっそり胸ポケットからもう一本抜かれてしまった。
「1本も2本もおなじだろ。」
「…今度はお前が払えよ。」
「覚えてたらな。」
それ以降する話も無くなり、春の空、ふと北斗七星をたどり、春の大三角を探した。正三角形に似た形を構成するその中の一つが、獅子座の尾っぽの部分、この組織の名前にもなっているデネボラである。
スピカ、アルクトゥールス、デネボラ。春の大三角を構成する三つの星の中で、二等星のデネボラは少し暗い。
どうしてこの暗い星を選んだのかと、ヨルは父に聞いたことがある。そのことを思い出した。
父はその質問には答えずに、ただ、“暗くていいんだ”とだけ言っていた。
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