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第11話
「エレンさんに、自分がΩだと伝えました。もうこの仕事を続けることはできません。エレンさんももう大人になったことですし、辞めさせていただけませんか。」
落ち着いた後、アレクの部屋で、ヨルが詳細に何が起きたのかを伝えると、アレクはその端正な顔立ちを歪め表情を曇らせた。
長い沈黙が続く。
そしてその果てで、彼は静かに告げた。
「それを決めるのはエレンだ。」
「総理大臣の息子が、万が一にも彼の前でヒートを起こすようなΩと一緒にいていいわけないでしょう。」
「一緒にいる分には、法には触れない。」
「しかしっ!!」
「いいか、ヨル。私はエレンに任せると言ったんだ。あの子はいつも自分のことを、自分の意思で決めてきた。彼の意向を無視して私が独断で決めるなど、あんまりだろう。」
アレクに譲る気はないようだった。
「…承知です。失礼致しました。」
この人はなんて残酷な人なのだろうと、ヨルは思う。
好きと言われて嬉しかった。けれど、すぐその後に理想は壊れた。まるで蜻蛉みたいに。
それをさらにはっきりと振られに行けだなんて、酷すぎる。いっそ何も言わずここから逃げ出してしまいたいとさえ思った。
憂鬱な気分で、アレクの部屋のドアに手をかける。ここから出て、再びエレンのもとへ向かわなくてはならないとなると、足取りが重い。
出ようとした開けたドアはやけに重く、自分の気持ちと連動しているのかとさえ思ったが、自分の方に力が加わり、誰かが入ってきたのだとわかった。
「ヨルっ!!」
声とともになにかが身体にまとわりついてきて、驚いてその方を見る。
「エレン…?」
「もう一緒にいられないなんて、嫌だ。」
エレンが、ぐすぐすとヨルに顔を押し付けて泣いていた。エレンが抱きついたところからまた、身体が熱を持つ。
アレクはその様子を見てなにやら含み笑いを浮かべていた。エレンのそばにはジェシカがいて、彼女はその光景を微笑ましそうに見つめている。
「エレン、君はいずれこの国の未来を背負う身だ。法には触れないように、わかったね。」
エレンはヨルに顔を押し付けたまま小さくうなずく。
それだけ言うと、アレクはジェシカと一緒に外へ出てしまった。ヨルとエレンを残して。
やはり身体が熱くてどうにかなりそうなのを、ヨルは必死でこらえた。どうして、彼と触れると突発的にヒートが起こったりするのだろう。
「…ねえヨル、運命の番って、知ってる…?」
その熱を必死で堪えるような、くぐもった声でエレンが言った。
「運命の、つがい…?」
聞き覚えのない言葉だ。番、までなら知っている。
αがヒート中のΩのうなじ噛むことで、そこには一生消えない歯型がつく。Ωを番にしたαはそのΩにのヒートにのみ惹かれ、他のΩには発情しなくなる。そして番にされたΩは、その相手のαのみを誘惑するフェロモンを発し、他の人と性交ができなくなる。
だが番と言う言葉さえも、αがΩを差別するいまとなってはほぼ伝説のようなもの。
無理にフェロモンでαを誘ってうなじを噛ませたりしたら100パーセントお縄だし、社会的に保護されていないΩを番にしようと言うαなどほぼ存在しないからだ。
運命がなんだ?と、ヨルは自分の胸にすがって泣きじゃくるエレンをじっと見据えた。
一緒にいたいのなら、番いにでもしてくれるのか。そんな都合のいい話は有り得ないだろう。
「本来ヒート中にしかαとΩは惹かれない。しかし時に遺伝子的に驚くほど相性のいいαとΩがいる。その場合、突発的にヒートが起こったり、一緒にいるだけで心地が良かったりするそうだ。
…僕とヨルはきっと、それ、なんだと思う。一緒にいよう?僕の番になって欲しい。」
頭が真っ白になる。意味がわからなかった。ヨルは勉強とは無縁の世界で生きてきたし、だから遺伝子的に、とか言う言葉さえよくわからない。
でも、僕の番になってほしい、と言われて。そこだけを聞き取ることができた。おそらく聞き違いだろう。
「よくわからない。」
「ヨルが好きだから、僕の番にさせてほしい。お願いだ。」
今度ははっきりとそれだけ言われた。自分よりふた回りほども小さな体が、その華奢さからは考えられないほど強く締め付けてくる。
もうやめてほしい、と心から願った。
コップに一滴ずつ水を注いで一杯まで入っても、少しなら盛り上がって溢れない。そんな光景が頭に浮かぶ。
あと一滴で溢れてしまう。そうしたら自分はこの子の前でだらしなく足を開き、すがって雄をねだるのだろう。
「お前はっ…、自分の置かれている立場、を、わかっているのか?」
理性と本能の狭間で揺れながら、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。言い終わったあと、まだ理性を保てていることに安心している自分がいた。
「わかってる。でも、いけないことじゃない。」
それでもエレンは主張をやめない。
「わかってない…っ!!
俺はΩ、で、致命傷を受ければっ、そうでなくても病気になればっ、すぐ、なくなる命、で、
…ヒートを使えばっ、α、の、妨げになるっ…、卑しい、存在でっ…」
反論するのももう限界で、ヨルはへなへなと床に座り込んだ。どこかに身体をぶつけないように、エレンは座り込む助けをしてくれた。
「でもヨルはそうしなかった。それに、一緒にいる時間が幸せならその時間が短くたっていい。」
…一滴。
「ヨルと離れている間はなにかが欠けたみたいな空虚を感じて、そんなのもう嫌だ!ずっと一緒がいい!」
…また一滴。
「好きだ。お願い、僕を求めて。」
ぴちゃり。
グラスに最後の一滴が注がれて、溜まっていた水が一気に溢れ出した、そんな感覚だった。
…いや、そんなもんじゃない。
グラスが割れて、割れたところから水が溢れて。それでも割れたグラスに水が注がれて。
空っぽになることがない。そんな感じだ。
エレンに手を伸ばし、抱いてと声にならない声ですがる。
「待ってた。」
出会った頃は13歳で、今も15歳で。その彼からは考えられないほど色っぽい、大人の男の声が告げた。
エレンの右手が頸部に伸びてきて、顎を掬うように持ち上げられる。
大きな美しい金色の瞳に、吸い込まれるようにしてキスをした。
舌と舌が絡み合うような大人のキス。口の中に熟れた果実のような甘ったるい香りが広がって、溺れるように貪った。
「待っ、てっ…。」
初めての行為にエレンは戸惑いを浮かべながら、それでもαらしく性急に、ヨルの後孔に自らの昂りを埋めようとする。それを止めて、まるで自分たちのためのように机の上に置いてあったゴムを、エレンの昂りにに被せた。
「早くしたいっ…!」
求める声は、熱をはらんでいるのに縋るような甘さを含んでいて、その彼らしさにひどく魅了される。
そして未だ彼はヨルにとって可愛らしい子供であるのに、脱ぎかけの下着から覗く隆起した雄は、αらしく大きい。
その大きな雄を、ヨルの後ろは解さずともすんなりうけいれた。初めて受け入れたαのモノが、自分の隙間をぴったり埋めていく。
どうしようもなく気持ちよくて、満たされた。
そのままうなじを噛んで、番って。
そして淫猥な音とともに続く行為に、二人は溺れたのだった。
ここが父の部屋であることも、鍵をかけていないことも、行為が行われているのがフローリングの上であることも忘れて、どこまでが自分なのかもわからず、ただひたすらに、どろどろに融け合って。
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