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第12話
ヨルとエレンが番になってから、約2年が経った。
エレンの父、アレクは2人が番ったことに対して何をいうこともなく、さらに、休暇期間でもヨルがヒートの時はエレンと共に過ごすことを認めてくれた。
また、医療行為を行えない、という点についても特に問題なく過ごしている。
もともとヨルの身体は頑丈で、またもともとアレクを恨む人はほぼおらず、エレンの命を狙う者など実際にはいなかったからだ。
アレクの執政の手腕は確かで、歴代最高と言っても過言ではない。そうでなければ7年間も総理が変わらないという事態は起こらない。
…しかし先日、そのアレクの政策に初めて国民の反発が起こった。そしてその刃は今、エレンにも向けられている。
「なんで!?どうして!!別にお父様は間違ったことをしてないじゃないかっ!!」
本、本、本。部屋の床に散乱した大量の本は、全てエレンが散らしたものだ。
エレンは今ベッドに腰掛けたヨルの膝の上に座り、向かい合わせのような状態で抱きついている。
ヨルはぎゅっとしがみついてじたじたするエレンが可愛らしくて思わず微笑んだ。
「みんな新しい政策に混乱してるだけだ。時期に落ち着くだろ。」
そして、思ってもいないことを言う。
「でもっ!!!」
「時期に落ち着く。大丈夫だ。」
今回アレクが可決した法案は、“Ωのヒート抑制剤の7割を国が負担する”というものだ。これはどちらかといえばαのための政策である。
抑制剤は、決してΩのヒートによる発情を抑えるものではない。ヒートにより出る多量のフェロモンを無くすことで、αを無闇に引きつけることを防止するものだ。
最近、抑制剤が買えずにフェロモンをまき散らし、捕まるΩが増えている。流石にそれはαにとってもΩにとっても本意ではない。
なのに、“国はαの教育を完全無償化する前にΩを保護するのか?”“劣等種なんてなんで保護するんだ。自分で払え”という内容の反発がいたるところで行われており、結果として国民はアレクに不満を抱いたのだった。
ヨル自身もおかしいと思っている。劣等種だからって、お金を払って生理現象を抑えないと、今度は犯罪者扱いだなんて。
何も悪いことはしていないのに。ただ少し違うだけなのにどうしてこんなに差別されるのか、と。
けれど。
エレンにはこの国に疑問を抱いて欲しくないのだ。
優しい彼がもし、“Ωを劣等種として差別することでαの幸福度を上げる”、というこの国の制度の根幹に気づいたのなら、きっと全てを変えようとするだろう。
それではエレンに命がいくつあっても足りない。番だからこそ、愛しているからこそ、この子にそんな辛い運命を背負わせたくないのだ。
その選択が自分と同じΩ全ての未来を傷つけるとしても。それでもエレンが幸せならばそれでいい。
「エレンは優しいな。でも、ちゃんと教育されてきただろう?この国はもう十分Ωに優しいんだ。」
もう一度頭を撫でながら優しく言い聞かせる。エレンの混乱した様子が少し落ち着き、そのまま吸い込まれるようにヨルに唇を寄せた。掠れた声でヨルの名前を呼びながら、縋るように抱きつきながら。
この子が愛おしい。しがみついて震えるその肩を抱きながら、強く思った。
いずれエレンは国のために、誰かと結婚する。そしてもし彼が自分といることを選ぼうとしたら、容赦無く振り払おうと思っている。
彼が国を背負うために努力してきた姿を1番近くで見てきたから、その障壁にはなりたくない。
エレンと出会う前のヨルには、“命をかけて誰かを守りたい”、という感情はなかった。
勿論仕事でお金をもらっている以上当然身体は張っていたが、いつもどこかで“なんで差別されるΩが身体を張ってαを護るのか”という疑問が抜けなかった。今思えば大きな反省点である。
エレンと出会って、彼のそばにいて。
命を捨ててでも誰かを守りたいと思った。
「ヨル…、ずっと、いっしょに…」
いつの間にかエレンは寝てしまっている。
その身体をゆるく抱きしめて、
「お前は自分で決めた道を、疑問を持たず生きてくれ。」
優しく囁いた後でヨルは、なぜだか自分が微笑んでいることに気がついた。
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