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第13話

政策に反対するαと、αに対しておかしいと反発するΩ。その両方の抗争は、政策を発表した当初よりは落ち着いたが、国をまだ混乱させている。 普段エレンがシリウスに行くときはヨルと2人であるが、今日の行きは念のため、ヨル以外のデネボラの組織員やアルクトゥールス(sp)が同行してきた。 機材を買い込みすぎて狭いからという理由で今実験室にいるのはヨルとエレンの2人だけ。しかし帰りも同行するためと、万一に備えてという2つの理由で、同行できた人たちは近くに待機している。 「ああ、全部やられたな…。」 エレンの研究は“生きている”細胞を扱う研究である。2週間ぶりに実験室に来てみたら、案の定世話をされなかった細胞達は全滅していた。 「こうなったらどうするんだ?」 異臭で流石に腐っていると悟ったのか、ヨルも眉根を寄せている。 「地下に同じ種類の細胞を凍らせてあって、取ってきて解凍して培養する。」 「なるほど。念のため俺も同行して大丈夫か?」 「ヨルが入っちゃいけない場所なんてない。」 「そうか。」 しかし少し引っかかる。研究室内の人が全員この状態のまま細胞を放置するなんてこと、あるのだろうか。 …まあ、これだけ世間が荒れていればこういうこともあるか。 軽く考えて地下に向かう。 階段を降り、地下の倉庫へ向かう。エレン達の研究室には大きな予算が降りており、使っていない大きな機械などは地下の広大な倉庫に保管されている。例えば部屋1つ分規模の大きさのレーザーとか。 そしてその中には細胞を凍結させておく冷凍庫もあるのである。 鍵を開け、中に入る。電気をつければ機械だらけの殺風景な空間が視界に映った。 「えっと…、、、、 あれ、この辺に置いておいたはずなのに… 」 自分より少し背の高い冷蔵庫の中を隈なく探していくが、あるはずの場所に細胞が見つからない。 「んー…、こんな高いところに置いたかな…?」 仕方なく背伸びをして1番高い場所を探っていく。 「あ、これだ!」 1番上の奥の方にプラスチック製の緑の箱を見つけ、手を伸ばす。 しかし伸ばした瞬間、“伏せろっ!”、というヨルの声とともに後ろから抱きかかえるようにしてコンクリートの上に組み伏せられた。 驚きはしたものの、恐怖はない。 自分を覆っているのが1番大好きな彼の身体だとわかるから、むしろ安心感さえある。 しかしまもなくパン、と耳をつんざくような音がして。 痛みがないのに、生温い感触とねっとりとした血の匂いが広がった。 助けを呼べとヨルに言われて腕時計についている非常ボタンを押した。これで近くにいるデネボラやアルクトゥールスの組織員が時期に来るだろう。 「離してっ!」 轟音で警報が鳴る中、必死で叫んだ。 自分を守って、おそらくヨルが撃たれたのだろう。それなら早く手当てをしたい。ジタバタともがいた。血の感触が及ぶ範囲はどんどん広域化していき、彼の傷が一刻を争うものだと物語っている。 「だめだ。なによりもお前の命が優先だ。」 一見普通に話しているように聞こえても、ヨルの声はくぐもって震えている。どんなに無茶をしても痛くもかゆくもないそぶりを見せる彼が、ここまで余裕のない声を出すのは、普段ではあり得ないことだった。 「お願いだから!!」 もう一度言っても、 「だめだ。」 大切な人を護りたい、と。思う気持ちは同じなのに、どうしてこうも矛盾してしまうのだろう。 振り払おうとしてもヨルの力に抗えるわけはなく、傷の悪化を危惧してエレンは抵抗をやめた。 そしてしばらくして組織員達がきて。エレンはヨルの容態を確認し、直ちに処置室に運び、治療を行おうとした。 シリウスは研究施設とともに、病院の機能も果たしている。それに、幸いデネボラの組織員もいる。 とりあえず止血をして、ヨルと同じΩでO型の組織員がいれば、輸血もできるだろう。そしてこれだけ大人数だ。いるにちがいない。 しかし、止血しようとした指を優しく退けられ、エレンは驚いてヨルを見た。ふしばった男らしい手は、紛れもなく彼のものだ。幾度となく触れたからわかる。 「だめだ。それは罪になる。」 凛と響いたヨルの声は、固い意志を帯びていた。 「何を言ってる?だってヨルは僕を護って… 」 「いけません、エレン様。あなたはいつか国を背負う立場。Ωに医療行為を施すなど、あってはならないことです。」 今度は別の声が聞こえてきた。 「どうして!あり得ない!命をかけて僕を護った人間を、見殺しにしろって!?そんなことできるわけがないだろう!」 「エレン様、Ωは私たちとは違います。それに、貴方の立場をお忘れですか?」 ひどく冷酷な声だった。そこで初めてエレンは、必死に目を背けようとしていたこの国の制度について、理解したのだった。

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