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第15話

ヨルの治療を終えた後、エレンはアルクトゥールスの組織員たちによってアレクのいる場所へと連行された。 治療の終わったその場で牢獄へ連行されると思っていたのだが、アレクがエレンを一度家に帰すように働きかけたらしかった。 まだ目を覚まさないヨルは、デネボラの組織員によってエレンの部屋に運ばれたらしい。 何も言わず俯くエレンに、アレクは大きくため息を漏らす。 「ことの一部始終は聞いた。自分のしたことをわかっているね?」 声は冷たく、他人に接するようである。 もう親子としては見てもらえない。そんなこと、わかっていた。 「…はい……。」 わかっていたけれど、やっぱり辛くて。返事は蚊の鳴くような小さな声になってしまった。 これからどんなことを言われるのかの想像がつかなくて恐ろしい。そのまま牢獄に入れられるのだろうか。はたまた存在自体を消されるのか。 総理大臣の息子が罪を犯した、だなんてシャレにならない。しかも今国民のαがΩに対して激怒している今、Ωを治療したという理由で。 長い沈黙があって。その間、エレンは苦しくて、息の仕方を忘れてしまったのではないかとさえ思った。残酷なことを告げるならば、早く絶望させてほしい。 「お前を死んだことにして、アトライアからシャウラに追放する。いいね。」 「…はい…。」 静かに告げられた宣告に、エレンはただ首を縦に振るしかなかった。周りのアルクトゥールスの組織員はざわついた。“そんな、ありえない”という声が聞こえてくる。 エレンたちの住むアトライアは、高く頑丈な壁に囲まれた都市で、この国の首都である。研究施設やテーマパーク、オフィスビルなど様々な機能が立ち並び、住んでいる人の95%がαかβだ。 一方で、アトライアの周りをぐるりと囲むようにシャウラという街がある。 住んでいる人の大部分がΩか闇組織の人間であり、シャウラとアトライアをつなぐは1つしかない。しかもアトライアからシャウラに行くことは容易だが、逆は特例でない限り許されない。治安も悪く、人身売買も盛んであるという。 そこに追放することは、身の安全と衣食住が約束されたアトライアの牢獄に入れられるより、ずっと重い処罰といえる。 「エレンへの処分は以上だ。いいね。あのΩが目をさましたら、2人ともを君たちの手でシャウラに連れて行ってくれて構わない。 …10分だけ時間をくれないか。最後に父親として、エレンに話をしたい。」 アルクトゥールスの組織員たちはアレクのその言葉を聞き、黙って部屋の外へと出て行った。誰も異論を唱えるものはいなかった。 これ以上何を言うというのか。もう息子としてなど扱ってくれないのではないか。そんな不安でがたがたと震えるエレンの手を、アレクは優しく包み込んだ。 「さっきまではこの国の首相として君に接した。でも今から10分は君の父親として話させてくれ。 …力を脱いて。私は君を愛しているよ。最後に君の母親について話したいんだ。」 「…お母様…?」 「ああそうだ。君の母親は、Ωなんだ。私はね、エレン。きっと君のような事態に直面したら、彼女を見捨てるだろう。 君の母親を…ジェシカを、君に母親だとも伝えずに、βだと偽らせて傍に置いているのだから。」 「えっ…?」 驚愕の事実に、素っ頓狂な声が漏れた。アレクは笑って、今度はエレンの頭を撫でる。 優しい父の手だ。 「私はこの世界に逆らえない。でもこの国の残酷な掟に逆らって大切な人を守れた君のことを、誇っている。 いつかこんなことがあるかもしれないと、シャウラに君の居場所を作っておいた。デネボラの組織員にはもう説明してある。 追放されるときはヨルも一緒だ。そうなるようにしたからね。 …私はもう君と会うことができないけれど、君はそこで、大切な人とともに生きなさい。」 どういうことかはよくわからなかったけれど、アレクが自分を思ってくれていること、それだけは理解できた。 「…お父様は、それでいいのですか?僕がこんな風になっても、怒らない…?」 「怒る理由がないね。もともと、私は別にこの国を君に担ってほしいわけじゃなかった。」 「…?」 「今回の件でわかったと思うけれど、この世界は理不尽だらけだ。自分たちのために他者を犠牲にするだなんて、優しい君には耐えられない。」 処分を言い渡した時険しい顔をしていたアレクは、今とても晴れやかに笑んでいた。 「ありがとう、 …お父様。」 自分の手を包んでいた大きな手を握り返したら、 「守ってやれなくてごめんな 」 とか細い声でアレクが返してきて。 エレンは溢れる涙をこらえることができなかった。そんなことないよと、何度も首を振りながら。

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