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第16話

…あれ、俺、今どうなってんだろ。 身体が鉛のように重たくて、寝返りが打てない。目を開ける気力もなくて、せめて耳をすませた。 誰かの泣き声が聞こえる。嗚咽に混じって“お願い”、という悲痛な声が、何度もなんども繰り返されて。 その声を聞いた途端、はっと我に返った。自分はこんな悠長に寝ている場合ではない。あのあとエレンはどうなったのだろうか。 …まさか自分を助けるような愚かなことはしてないだろうが、無事に帰れたかが心配だ。 無理矢理目を開けて、揺らぐ視界に映る光景をぼうっと眺める。近くでじっとこちらを覗いているのは、おそらくエレンだろう。ピントが合うまでの時間がじれったい。 「ヨルっ!! よかった、よかったっ!!もう会えないかと思った…っ!!」 ヨルが意識を取り戻したのに気づいたのか、エレンがいきなり抱きついてきた。おそらく先ほど聞こえてきた泣き声もエレンのものだったのだろう。 しかし、やがてはっきりと視界に映った光景に、ヨルは目を疑った。 目の前にいたのは確かにエレンであったが、その周りをぐるりとアルクトゥールスの人間が囲んでいた。 そして彼らがしているのは明らかに警護ではなく監視だった。彼らの目を見ればわかる。 どうしてエレンが監視されている?何か悪いことを…? 思い当たる節が1つある。それだけは違うと思いたいけれど。 しかし、銃弾がかすったところに手を触れれば、そこには綺麗に包帯が巻かれていて。 「…エレン、もしかして俺を治療したりはしてないよな…?」 恐ろしくなって、目の前でよかったと言って泣きじゃくるエレンに問いかける。 彼はヨルの腹部に突っ伏していた顔をゆっくりと上げ、少し目を伏せて、口を開いた。 「まさか。」 彼の声はかすれていた。 「だよな。」 その言葉にほっと安堵する。エレンが一回り小さな手でヨルの右手を包み込んで撫でる。とても温かい。 しかし。 「まさか、僕がヨルのことを助けないわけがないでしょう?」 長い沈黙の後でエレンが言った言葉に、ヨルは底なし沼に落とされたような気分になった。 何を言っていいのか、言葉が見つからない。 そんなヨルを見てエレンは微笑む、 「だからヨルも僕を見捨てないでいて。」 「えっ… 」 「僕とヨルは今からシャウラに追放される。僕は戸籍上は死んだことになるんだって。」 「ちょっとまて!それじゃお前の夢は… 」 「ヨルと一緒に幸せになることが僕の理想だ。」 「そんなっ!!そんなことっ…!!」 「いいんだ。ここは僕が守りたい世界じゃなかったから。」 そんなのどうでもいい。エレンの今までの努力が、生まれながらにして与えられた地位が、自分を助けただけで無くなってしまうだなんて。 守りたい存在を自分のせいでどん底まで突き落としてしまうなんて、ありえない。 ありえないありえないありえない。 「…今俺が死ねば、エレンが助けたことも無くなるか?俺はいい。でもこいつの未来を傷つけるのはやめてくれ。なあ。」 ふと思いついて、思いついたら考えるより先にエレンの周りのアルクトゥールスの組織員にそう問いかけていた。問いかけるというより、泣きついて縋っている、という説明の方が正しいかもしれないほど、必死で。 アルクトゥールスの組織員たちも驚いた表情を浮かべながら、それならなかったことにできるかもしれない、などとざわついている。 しかし、彼等が言葉を返す前に、ヨルの頬にピリリとした痛みが走った。 「馬鹿!!僕はこんな世界を指揮するよりヨルといたいって言ってるの!!聞いてた!? ヨルは、僕がヨルにとって都合が悪ければ死んでくれって頼むの?それで嬉しいの??そんな人じゃないだろっ!!」 痛みはほぼなかったが、彼なりに精一杯殴ったのだろう。初めて見た。殴るところも、口調を荒げるところも。 エレンの手のひらは真っ赤だった。目も真っ赤で、ボロボロに泣き崩れている。 「しんじてよっ!!たよってよ!! もう僕にはヨルしかいないんだからっ…!!」 そこまで言われて初めて、やってしまったと思った。自分が惹かれたαは全くαらしい考えを持たず、理不尽なことが大嫌いな人なのだ。 「ごめんな。ずっと一緒にいよう。俺もお前を守るよ。」 たまらず抱きしめて、囁きかけた。周囲は驚いたようにこちらを見ているが、関係ない。 「2人とも動けるな?今からお前たちをアトライアから追放する。」 エレンが泣き止むと同時に、アルクトゥールスの中の1人が告げた。その口調から敬語は消え失せ、もうエレンへの敬意は見られない。 むしろ彼等は、何か汚いものを見ているように顔をしかめていた。 「はい。」 そんなことは構わず、エレンは満面の笑みで返事をする。その様子を、誰よりも何よりも愛おしいと、ヨルは思った。

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