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第17話
「…こんな建物を用意しているなんて… 」
シャウラはアトライアと違い技術が発達していない。なのにこの建物だけは、不自然に高い。
8階のベランダから空を見上げれば、夜空の星がいつもより近く感じられる。
「やられたな。」
ヨルは苦笑いを浮かべながら、後ろからエレンを抱きしめた。わずかに煙草の匂いがする。
エレンとヨルはアルクトゥールスの監視のもとシャウラに追放されたが、そのあとすぐにヴィクターたちデネボラの組織員が車で迎えに来てくれた。
というのも、もとよりデネボラの本部はシャウラにあり、組織員は任務を任された時のみ特例でアトライアに入ることができるのだ。
アレクが言っていたエレンの居場所とは、8階+屋上付きの、立派すぎるビルだった。
しかもすでにβ、Ωの従業員が何人も入っており、建物の中だけで1つのコミュニティーが作られているような大掛かりなものだ。セキュリティーも万全で。
「…お父様は、いつからこの建物を用意していたんだろう… 」
「少なくともここまでのものをつくるには2年はかかる。」
「うん… 」
そこで会話は一度途切れた。
夜風が吹き付ける。
ヨルと触れ合っていない部分が冷たくて、エレンは身震いした。
「…本当にこれで良かったのか?」
先に沈黙を破ったのはヨルだった。何度もヨルと一緒にいたかったのだと繰り返しても、この男は信じてくれないらしい。
「ヨルこそ。」
もうエレンにはヨル以外に何もない。そうなった今だからこそ、ずっと堪えていた弱音を吐いてみようと思った。
「俺こそ?」
「ヨルこそよかったの?
…僕と一緒にいるの、嫌じゃない…?」
ほとり、とエレンの頬を涙が伝った。
今日泣くのは何度目だろう。たくさんのことが起こった、こんな日くらい、許してくれるかな。明日からまた、自分にできることを見つけて頑張るから。
「嫌って、そんなわけ… 」
ヨルの声が戸惑いの色を浮かべる。それでも涙は止まらない。
だってずっと不安だったのだ。番ってからずっと。
本当は、ヨルには別に好きな人がいたのではないか。本当は、こんな子供のことなど好きじゃないのではないか。
なら、彼のうなじを噛んだことは、彼にとって負担だったのではないか。
そんな不安を押し殺して、気丈に振る舞ってきた。そうしないとヨルが離れていってしまう気がしたから。絶対に彼が自分のことを愛しているのだと信じ続けて。
でも。
「本当にっ…、グスッ……、ぼくでっ…、いいのっ…?」
顔が見えないのをいいことに、子供のように泣きじゃくった。泣いている間も、抑えていた不安は滝のように押し寄せ続ける。
「…!?」
突然、強く腕を引かれ、ヨルの方を向かされた。彼は困惑した表情を浮かべていて、
「あーっ、なんて言っていいかわからないっ!!こういう時、馬鹿だから上手く言葉が出てこないんだよっ!!」
なんて慌てた口調でいいながらいきなり頭を抱えこんだ。
予想外の反応にエレンが吹き出しそうになると、やっと笑ったな、とヨルも笑った。そしてエレンの方を向き直って、真剣な表情をして、
「そうだな、こんな簡単な一言で片付けちゃいけねーのかもしれないけど…、
…愛してるよ。お前を。」
言いながら淡雪のような優しいキスを落とした。
そのキスを受けて、エレンは嬉しさと安心と恥ずかしさで顔を真っ赤にしてしながら思ったのだった。
愛おしいと。
彼のことが。彼と共に生きる力添えをしてくれた父のことが。そして、
彼と出会わせてくれたこの世界が。
…たとえ、どんなに理不尽な世の中だったとしても、自分は今幸せなのだから。
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