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第5話

「これでもう大丈夫です。……さて、私は春馬様を起こしに行きますが、真冬様はどうなさいますか?」 「ぼくも、にい様を起こしに行きたいっ!」 「承知いたしました。それでは、行きましょうか」 真冬の手を取り、いつもより数十分遅れて2人は春馬が眠る部屋へと向かった。 「にーいーさーまー。朝ですよー」 春馬の部屋の前へ着くと、真冬は扉を何度もノックしながら、大きな声で中へ声をかける。 しばらくして扉が開かれると、中から眠たそうに目を擦る春馬が出てきた。 「真冬が起こしに来るなんて、珍し――」 「にい様っ! 今日は、 川崎と起こしにきたんだよ」 「えっ……」 大きく目を見開いた春馬と視線がぶつかり、川崎は挨拶をしながら微笑むが、勢いよく顔を逸らされてしまう。 「あ、ありがとう真冬。今すぐ身支度をするから、私の部屋に入って待っていなさい」 「うんっ!」 2人の後に続いて、川崎も春馬の部屋の中へと入る。 いつも通りに春馬の服を用意し、着替えの手伝いをするためにその場へ膝をついてしゃがみ、彼の寝間着に手を伸ばすが、その手はすぐに叩かれてしまう。 「今日は自分で着替えるからいい」 「ですが……主人の着替えを手伝うのも私の役目ですので」 「いいって言ってるだろ! お前は、真冬とでも遊んでいろ。……大体、何故今日は先に真冬を起こしに行ったんだ」 「それは……」 明らからに不機嫌な様子の春馬を見て、先程までの出来事を全て話せば、彼が理解してくれること位、川崎にも分かる。 しかし傍に真冬もおり、秘密にすると約束した手前、本当の理由を話せず、川崎は黙るしかなかった。 「……ふっ。真実は、主人にも言えないってか」 「そういう訳では! ただ、真冬様とのお約束でして……」 「真冬……ね。お前は、俺よりも真冬を優先するってことなんだな。分かったもういい」 「春馬様、聞いてくだ――」 「黙れっ!」 「っ!!」 この屋敷に来て、初めて春馬にきつく怒鳴られた瞬間だった。 春馬が年相応の我が儘を言うことは今までにも何度かあったし、その度に感情を露わにして、 あたられることもあった。 しかし、今みたいに冷たい視線で、こちらを睨みつける彼の姿を見たのは初めてだ。 普通は主人に仕える者としての行動や、誤った判断をしたと反省する場面である。 しかし川崎にはこの時、今までにない感情が芽生えていた。 (私のたった1つの行動で、春馬様がこんなにも怒りを露わにするだなんて……) この時川崎は、興奮をしていた。 鋭く睨みつける春馬の瞳の中には、自分の姿しか映っておらず、彼の視界を独占しているような感覚を味わえる。 それと同時に、彼の脳内を常に自分でいっぱいにしたいという欲が生まれた。 「明日からは、例え何があっても春馬様の元へ先に向かいます。2人に仕える者として常に、真冬様ではなく春馬様を優先することを。真冬様とは2人きりで行動しないことを、ここで誓いましょう。」 「……そこまで言うなら分かった。約束だぞ。その誓いを破った時、お前とは一生口を利かないし、解雇してやるからな」 「承知致しました」 父親から愛された記憶がないからこそ、愛情・憎悪……どんな形であっても、自分だけに向けられる感情であれば川崎は喜びを感じてしまうようになっていた。 こうして春馬と川崎は、2人だけの秘密の約束を交わしたのであった。 だからこうして2人と共にいる時川崎は、春馬を怒らせ過ぎない程度に真冬へ手をだし、彼の気を引いているのである。 全ては――川崎の計算通りに。 (もっともっと、私だけを見て、私だけを欲してくれればいいのに……) こうして川崎の行動と欲望は、次第にエスカレートしていくのであった。

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