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第7話
春馬が部屋から出るのを見送り、川崎はしばらくの間静かに耳を澄ます。
廊下からの足音が完全に聞こえなくなると、眼鏡を外し前髪をかきあげながら、大きなため息をつく。
「なんでそこで出てくるのが、弟なんだよ」
どこで誘導の仕方を間違えてしまったのか、川崎は今までの流れを1人で思い返す。
春馬が孤立するようになったのは、彼が小学校の高学年に上がった頃だった。
それまでは春馬も真冬に似て、クラスだけでなく同学年の仲間から囲まれるほど、友人も多かった。
しかしある日を境に、周りは春馬から距離をとり、誰1人話しかけることをしなくなった。
「いつもニコニコしているけど、裏で『周りの人間は自分よりも身分も能力も低い人間』と友人のことを馬鹿にしている」
「春馬と仲良くなると、自然と家のことを探りいれられて、気づいたら潰されてしまう」
など、事実とは異なる噂だけが一人歩きしているのが理由だった。
――そんなことを言い出したのは誰なのか……?
コンコン。
「はい。どうぞ」
「失礼致します。お約束通り今回も、あなたに言われた言葉を一言一句間違えずに、周りに話してきました」
「ご苦労様です。では、こちらが今回の報酬です」
「ありがとうございます。川崎さん」
周りに嘘を吹き込み、春馬を孤立させたのは、川崎だった。
全ては、春馬を手に入れるためだけに――。
お金を受け取った男が部屋から出て行くと、川崎はどこかへ電話をかけ始める。
「私です。例のあれ、見つかりましたか? ……ええ、わかりました。それでは近いうちにそちらへ伺います」
電話を切ると、胸ポケットに入れた手帳を取り出し、真冬のスケジュールを確認する。
これ以上春馬に関わる噂を流すと、次期当主としての席も危うくなるし、白崎の名を傷つけかけないと考えた川崎は、真冬をターゲットに変えていた。
先日、眠る真冬の腕から少しだけ血液を抜いてとある医療機関へと提出していた。
αの性で生まれた真冬には、運命の番であるΩの相手がいるであろう。
それなら、早くその相手を真冬の元へ連れて来ればいい。
そうすれば真冬はその相手を構い、兄の元から離れていくに違いないと、川崎は考えたのであった。
そして、先ほどの電話はその運命の番だと思われる候補数名が見つかり、その人物たちの今後の行動予定を報告するものであった。
「あと少し……。もう少しの辛抱だ」
これなら上手くいく。
そして、真冬にまで裏切られた春馬は絶望を味わい、縋るように自分の元へとやってくるだろうと。
「ふ……ははっ、はははっ!」
脳内で、自分の理想で描いた春馬の姿を想像し、川崎は不気味な笑みを浮かべながら、
堪え切れない笑い声を部屋中に響かせた。
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