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第9話

隣の部屋へ着き、赤ん坊をベビーベッドへ寝かせると、川崎の腕は冬愛の首元へと自然に伸びていく。 「何が『見てみろ。可愛いだろ?』だ。お前の親は、真冬様と亜依様だろ……なんで、お前が春馬様に一番可愛がられているんだよ」 言葉も理解できない相手を前に、川崎は怒りをあらわにする。 「あの女もあの女で、ほんと馬鹿だよ。私なんかにわざわざ、お礼を言ったりして。使いとしての仕事さえしてなければ、お前みたいなΩに、誰がいい顔をするかっていうんだ」 川崎の本音は止まらない。 「そもそも、運命とか思ってる2人の出会いだって、私が仕組んだんだ。春馬様から真冬様を引き離すために。式も挙げて、子供までできたのに……なんで、春馬様はあの女にまで優しくして、真冬様やお前から離れないんだ……早く孤立して、私の元に来ればいいのに」 計画通りに進めても、春馬が見つめる方向は変わらない。 いつまでも自分だけを見てくれない彼に対しても苛立ちを覚えるし、目の前にいるこの邪魔な赤ん坊を今すぐここから消してしまいたいとも思ってしまう。 「知ってるか? お前がΩの性だと知った時、あの人がなんて言ったか。『大好きな弟とその嫁の子供で、Ω……。大人になったら、私と番になるのもいいな』だ。Ωってだけで、お前はあの方に選ばれることが出来るんだ」 「んぎゃあああ、んぎゃぁぁぁぁ」 「……チッ、煩いガキが」 赤ん坊の首にかけている手に、少しずつ力を入れようとした時、背後から声がした。 「川崎、下がれ」 「っ! ……どうなさいましたか、真冬様。もうすぐで、冬愛様の――」 「いいから下がれ!」 強く命じられた川崎は、ベビーベッドへと近づいてくる真冬と入れ替わるように、静かに後ろへとさがる。 「昔からお前が兄さんに執着していたのは、なんとなく気づいていたよ。別に誰が誰を好きになろうとも、その人の勝手だからね。俺は黙ってた。……でも、俺の大切な家族に手を出すならば、話は別だ」 手早くオムツを替えてあげると、真冬は真剣な表情で泣きやんだ冬愛を抱きあげて、妻と兄が待つ元へと向かうために、部屋を出る準備を始める。 「このことは誰にも言わない。……ただ、この屋敷でこれからも兄さんや俺に仕えたいという気持ちがお前に残っているなら、今すぐ頭を冷やすんだ」 「……」 「俺は、お前が無理やり人の気持ちを縛り付けたり、下手に人を陥れようなんてしなければ、 きっといい方向に物事は進むと思ってるよ。お前がその相手に本気で、本当に一緒になりたいと望んでいるなら、αとかΩとか……運命とか関係なく、番になれるんじゃないかな。……川崎が、俺と亜依をめぐり合わせてくれたようにさ」 そう言葉を残して、真冬は静かに部屋を出て行った。 「……ははっ。真冬様には、初めからバレていたってことか」 力が抜けた川崎は、その場に座りこみ、渇いた笑い声をもらす。 しかし、彼は人の言うことを簡単に聞くようなまともな人間では既に無かった。 「とはいえ、真冬様に何を言われても、愛されているものの余裕な発言にしか聞こえなくてムカつくんだよな……」 無表情の川崎は、胸ポケットから透明の包み紙に包まれた白い粉薬を取り出すと、天井から吊るされている照明の光にかざしながらひとり呟く。 「ま、誰にも言わないなんていう貴方の言葉は信じられませんからね……。とりあえず、 消えてもらいますか」 それから数日後―― 白崎家の二男である、白崎 真冬は20代という若さで 原因不明の病に侵され、この世を去ったと言われた。

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