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第12話
深夜、冬愛と共に眠る亜依のベッドにひとつの人影が近づく。
ギシッというベッドが軋む音と共に、腰元が何かの重みで沈んでいく感覚で亜依は目を覚ますが、すぐに目元と口元を塞がれてしまう。
「ん゛っ……んー!」
「しーっ。静かにしないと、冬愛が起きてしまうよ……亜依さん」
その声が誰のものであるか、亜依はすぐに気づく。
多少の罪悪感を抱きながらも、自身の身を守るために、亜依は口を塞いでくる手に、噛みつき攻撃をした。
「っ!」
痛みを感じた相手は、亜依の目元口元から手を引き、彼女はすぐに解放される。
「な、何をするんですか。義兄さん!」
「ははっ、そんな顔をしないでよ……亜依さん」
相手が怯んだのは、先程噛みついた時のほんの一瞬で、目が据わったままの春馬は、不気味な笑みを浮かべながら少しずつ更に距離を近づけていった。
「今朝はなんで、この家を出ていくなんて言ったの? 真冬がいないから、俺たちに悪いとか思っちゃった?」
「……それも、あります」
「そんな気、使わなくっていいんだよ? 父さんも母さんも、亜依さんのことを本当の娘のように思ってて、好きだから。このまま白崎に嫁いだ嫁としていてくれて問題ないよ。もし、それでも亜依さんが気にするって言うなら、俺が白崎の当主になった時、仕事を手伝ってくれればいいよ」
「でも……この屋敷には、真冬さんとの思い出や、面影が沢山残っているから。辛いんです」
「そっか……それじゃあ――」
そう言って春馬は、亜依の手首を掴んでベッドへと押し倒す。
「俺の嫁として、これからはこの家にいればいいよ。真冬との思い出が多いなら、全部俺との思い出に塗り替えればいいんだ」
「きゃっ!」
耳朶を舌でなぞられ、亜依は身体を強張らせながら、叫んだ。
「や、やめ……て」
「ははっ。亜依さん、そんな顔も出来るんだね。その顔で、真冬のことも誘ってたの? 真冬の興奮してる姿とかどうだった? きっと可愛いだろうな~。惚れ直したりしたのかな?」
「お義兄さん、なん……で、こんなことするんですか。そこまでして、私に、嫌がらせをしたいんですか……っ!」
「嫌がらせ? そんな訳ないじゃん。むしろ逆だよ。大好きな弟が愛した相手なんだから、俺だって愛してるに決まってるでしょ? 真冬はもうこの世にいない。俺たちを置いて、先に逝っちゃったんだ。それならさ……俺は亜依ちゃんを通して、亜依ちゃんは俺を通して、真冬の存在を感じようよ。そうすれば、互いに寂しくないでしょ?」
春馬も大切な人を突然失って、おかしくなっているのだろう。そうは理解をしていても、自分の身に危険が迫っていると感じている亜依は、抵抗する力を少しも弱めることはなかった。
それが春馬にも伝わってきたのだろう。
しばらくして、拘束されていた亜依の腕は解放された。
「亜依さんは、俺と番になるの……そんなにも嫌なんだね」
「この世からいなくなっても……私の番は、真冬さんだけです!」
「ふーん、そっか。そこまで言うなら、仕方ないよね。……それじゃあ――」
春馬は勢いよく起き上がり、隣にいた赤ん坊を抱き上げると、軽い足どりでベッドから離れる。
「冬愛を嫁としてもらおうかな。大好きな真冬と亜依さんの血を受け継いでるし、Ωだもんね。発情期が来たら、きっと良い香りで俺を誘ってくれるんだろうな~」
危険な空気を感じてか、助けを求めるかのように突然大声で冬愛が泣きだす。
「と~あ、そんなに泣かないで。これからは、俺が守ってあげるからね。早く大きくなって、
俺の番になるんだよ」
「ぎえぇぇぇーーー。んぎゃーーーーーー」
「お兄さん、冬愛を返してください!」
「ははっ、どうしようかな~」
狂ったように春馬は笑い声をあげて、冬愛に何度もキスをする。
「春馬様っ! 何をしているんですか!」
冬愛の泣き声を聞きつけ、亜依の部屋へとやってきた川崎は、急いで春馬の腕から冬愛を奪い、2人の止めに入った。
亜依の元へ冬愛を返し、春馬を自室へと連れ戻しなんとかその場は落ちつかせたが、この翌日
亜依は冬愛を連れて行方をくらませたのだった。
このことが当主たちにもバレ、一時は春馬が勘当されそうにもなったが、川崎が言葉巧みに説得をし、それだけは何とか免れた。
しかし、一度失った両親への信頼は取り戻すことが難しいし、自分が把握していなかったとはいえ、このタイミングで亜依や冬愛がいなくなったことで、今まで以上に春馬が彼らに執着してしまうのは分かっており、川崎は想定外の出来事に珍しく焦っていた。
(どうすればいい? どうすれば、自分にも春馬様にも都合のいい状況が作れるんだ)
上手くいくかは分からないが、川崎は一か八かの勝負にでた。
今回の春馬の暴走を知っている人物――春馬の父親と母親、そして春馬の父親の傍で働いていた自分の父親を含む人物は真冬の時と同様の手口で消し、何も知らない他の使用人たちに関しては、新しい働き先の屋敷を用意し、白崎の家から追い出したのだ。
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