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第2話
豪奢なホ―ルを抜け、連れられたのは薄暗い小部屋だった。応接間のひとつとして機能するのだろう、ソファーセットにテ―ブル、毛足のながいじゅうたんが敷かれて、部屋の雰囲気にはふんだんな金の気配がする。
相変わらず悪趣味な内装だとリウは思ったが、部屋の最奥にある縦長の窓だけは綺麗だった。
正確に言えば、カ―テンの引かれていない窓からは夜空の星と月明かりが見え、その輝きが唯一清浄でうつくしく見えたのだ。
男はぼんやりと窓を眺めていた自分を、やさしく部屋に引き入れた。扉が背後でしまり、ようやくリウは我にかえる。
どうしてこの男についてきてしまったのか。
握られた手をそのままにしているのが躊躇われて、振り払おうとしたらますます強く握りこまれてしまった。
「怖がらないで。ようやく巡りあえたんだ」
(なに……?)
男は窓からさしこむ月を背に、片手をこちらの頬へ伸ばしてくる。
怖くはないのに身が震えて、躊躇いに男を見やると、うるむ熱い視線と目があい背筋が震えた。
(どうして……)
自分の身になにが起きているのかわからない。
ただ近づいてくる男の気配に、熱や香りにくらくらする。息が切れ、体温が上がっている。
怯えとも期待ともつかない、不思議な感情だった。
「きみの名前を、教えてくれ。俺はメルヒオ―ル。きみは……?」
ささやき声に熱がこめられているのがわかる。
膝が折れそうで、そっと近づいてくる体温に体がしびれていく。リウは答えられなかった。喉に仕込まれた生体機械が、リウの意思による言葉が産まれることを阻止している。
黙り震えるこちらを怯えていると勘違いしたのだろう、メルヒオ―ルは「怖がらないで」と頬に手を添え、吐息で微笑んで言った。顔が……鼻先がぼやけて見えるほど、距離がちかい。
「やっと見つけた……きみは、俺のツガイだ。この世でただひとり、結ばれるべき人間」
驚く暇もなかった。
唇と頬がふれあい、吐息が口中に流し込まれてくる。
暖かい――熱い。
やわらかくて甘く、全身が溶けてしまいそうだった。
ただ唇を触れあわせただけで痺れるような快楽が、脳天から指先まで伝っている。
瞬間、なにも考えられなかった。ただくずおれてしまいそうな身を、相手が支えてくる。壁に押し付けられるように移動し、離れた唇をまた重ねられた。
「んっ……!」
(きもち、いい……)
上唇と下唇を吸うようにはまれ、やさしく愛撫される。壁に押さえられた手のひらをやわく撫でられる――それだけで膝が震え、腰が抜けそうだった。
「ぅ……はぁっ」
べろりとぬめつく舌が一度だけ両唇を撫でて、名残惜しげに離れていく。
つい追うようにそれを見てしまうと、男が困ったように苦笑した。
「どうして名前を教えてくれないのかな……? 俺がクルゼの軍人だから? 国同士が敵対しているから、俺のことは信用できない?」
(クルゼの、軍人……?)
リウはそのとき、ままならない頭でけれど事態をようやく理解した。クルゼは敵対国だ。この場がいくら世界的に友好な、争いを廃した外交の場とはいえ、軽々しく接していい相手ではない。ましてや、こんなこと。
慌てて離れようとした肩を思い切り壁に押さえつけられた。
「おっと。逃がさないよ」
「っ!……ふあ!?」
両足の間に男の膝が割りいり、股間をゆるく押してくる。
思わず漏れた高い声に、メルヒオ―ルはうっとりと笑っていた。
(くそっ……!)
リウは内心、噴飯ものだ。
喉の生体機械は、リウが頭で考え発そうとした声だけを締め上げる。無意識に考えなく出てしまう声は、制御の対象とされていない。
「俺はクルゼの人間だけど、きみに害はなさないよ。約束する。きみの香りが……きみがどうしても、欲しいんだ」
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