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第4話
朝陽が作ってくれたごはんは、いつも美味しい。
いつもちゃんとしたものを食べてないせいかもしれないけど、本当に美味しい。
濃すぎない出汁の味が身体に染み込んでいく。
やさしい味だ。
「美味しい?」
「うん…」
にこにこしながら聞いてくる。
ていうか、すごく視線を感じる。
「何」
「美味しそうに食べるなあと思って」
「…向こう行け」
「ひどいなあ。嬉しいんだよ、俺が作ったものを裕太が食べてくれるのが」
そう言って朝陽は笑った。
俺はいつも、嬉しいのと罪悪感や自己嫌悪でいっぱいになる。
「大学どう?」
朝陽が俺の反応をうかがうように聞いた途端に、静かな空気が流れた。
「別に、何もないよ」
朝陽が俺のことでもう一つ心配しているのは、「俺の学生生活」だ。
それには理由がある。
中学時代に楽しい思い出はない。
3年の時に受けたバース性検査の結果はΩで、運悪いことにそれを性根の腐ったクラスメイトに見られてしまった。
そこからは散々だった。
Ωの性質に好奇心を持った奴もいたけど、幸い空手を習っていたから襲われても返り討ちにできた。
自分を守ってくれた空手も、段々と周りとの差が浮き出るようになったから辞めてしまったけど。
その頃朝陽とは少し疎遠になっていた。
朝陽の父親が交通事故で亡くなって、母親と家計を支える為に大学進学を諦めて就活を始めたからだ。
俺が家から遠い高校を受験したと朝陽が知ったのは、もう試験を終えて入学することが決まった後だった。
その時の朝陽は珍しく取り乱していた。
「なんで」、「どうして」を繰り返し、俺が説明しなかった理由を詰めるように聞いてきた。
言いたくなかったことだったし、家のことでゴタゴタしていた朝陽と疎遠になったことは俺にとって都合が良かった。
何より朝陽に、今の自分を知られたくなかった。
酷い言葉をぶつけて、もう終わったなと思った。
なのに朝陽は俺を見捨てたりしなかった。
「裕太は嫌がるだろうけど、これからは俺にはなんでも言って。裕太のこと守りたいんだ」
守るなんて言葉、腹が立つ。
だけど、目に薄く水の膜を張った朝陽の方が何故か傷ついてるように見えて、本気でそう思っているみたいだった。
誰もそんなこと言わなかった。
親でさえ息子がΩだと知ると、腫れもの障るようになったり疎ましそうに見るようになったのに。
同情は無く、哀れみもあったかもしれないけど、本心で守りたいと言われて泣きながら学校でのことを話した。
バース性のことは言わなかった。
Ωは差別されやすい性。
もし朝陽にまでそんなことを言われたら立ち直れないから。
俺の話を朝陽は時々相槌をうちながら、静かに聞いてくれた。
それ以来、俺に何かありはしないかと心配しているらしく、偶に聞いてくるようになった。
「ほんとに?」
「大丈夫だよ、友達もいるし」
「友達?」
「そう、いいやつだよ。今日だって具合悪いのすぐに気づいてくれたし」
話しているとスマホの通知音が鳴った。
友人からだ。
やっぱり内容は、具合は大丈夫かというものだった。
噂をすればなんとやら、だ。
メッセージを見て、申し訳ない気持ちと有り難い気持ちになる。
ほら、と朝陽にも画面を見せる。
「こうやって気にかけてくれてるし」
「……そっか」
少し落ち着いたトーンで返事が返ってくる。
「βなの?」
自分のことではないのにどきりとした。
バース性の話題は普段話さないから。
「ああ、そうだよ」
「いい友達ができてよかったね」
そう言って朝陽は笑った。
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