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第5話
「なあ、なんか最近いい匂いするな。香水つけてんの?」
そんなことを友人に聞かれたのは、早退してから数日経った頃だった。
色気づいちゃって、なんてふざけた口調で言われたが全く身に覚えがない。
「つけてないけど…」
シャンプーも変えたりしてないしな…。
「どんな匂い?」
「なーんか、甘い?お菓子…は違うかな、とにかく甘くていい匂い」
「…どこから?」
「どこって、裕太から」
嘘だろ。
まだ講義が残っている友人と別れて、急いでトイレの個室に入って抑制剤を出す。
気が動転しているせいか、なかなかうまく取り出せない。
「はあ、はあっ…」
落ち着け、落ち着け。
大丈夫だ、まだΩだとバレたわけじゃない。
ぎこちなかったかもしれないけど、誤魔化せたと思う。
思いたい。
なんとか気を奮い立たせて、錠剤を水で一気に流し込んだ。
ドアに凭 れて、まだ緊張しているかのように速く波打っている心臓と呼吸を整える。
大丈夫、大丈夫だから。
だから早く治れ。
「あのー…、大丈夫ですか?」
長い間空かない個室を不審に思ったんだろう、誰かが声を掛けてきた。
「大丈夫です」
なんでもない風に装いたかったのに、出てきたのは真逆の掠れた声だった。
相手も本当に大丈夫かと本気で思ってしまったらしく、そこから離れてくれない。
くそっ…なんでこうなるんだ。
面倒な展開に、心の中でつい悪態をついてしまう。
でも呼吸はさっきより大分落ち着いてきたし、そろそろいいだろう。
「すみません……」
一息吐いて、鍵を開けて、迷惑かけたことを謝ろうとして、その先は続かなかった。
相手の目が普通と違っていたからだ。
それを見た瞬間、悪寒が走って頭の中で警報が鳴る。
逃げろ
逃げろ
逃げろ!
伸びてくる手を思い切り振り払い、持っていたリュックで殴った。
相手が倒れた隙にそこから離れ、必死で校内を走る。
無我夢中で走っていても、少しずつ中で何かが溶けていく感覚が襲ってくる。
自分の意思に関係なく、Ωの匂いは流れていき、
通り過ぎるたび後ろの方で騒ぎが広がっているようだった。
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