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第10話
今朝も駅までの道のりは一縷兄ちゃんが車を出してくれたんだけど、俺の方を見ては何かを言いかけ、結局何も言わずに駅に俺達を置いて出勤して行った。
「なんか今日の一兄ちょっと変じゃなかった?」
「ん? そうか?」
樹にはそんな風に返したけれど、兄ちゃんの様子がおかしかったのは、間違いなく昨晩のやり取りのせいだと分かっている俺は口を噤む。でも、やっぱり何度考えてもあのタイミングで笑うのは失礼だと俺は思うんだ。
「それより樹、昨日も言ったけど発情期 が近いんだからくれぐれも気を付けろよ、極力αには近寄らない事、万が一学校でヒートがきたら直ぐに俺の所に来ること、もしくは直ぐに連絡寄こす事! 分かったな」
「僕も発情期は初めてじゃないんだから、それくらい分かってる。四季兄心配しすぎ」
「当たり前だろ! 最近は抑制剤の普及のお陰でそこまで大事になる事はなくなったけど、Ωが発情期に襲われる事件は後を絶たないんだから、自衛は大事! そこはお前が一番気を付けなけりゃいけない所だろ!」
「はいは~い、分かってるってば」
まるでうるさいと言わんばかりの口ぶりの樹、何かあったら傷付くのはお前の方なんだからな! αの方だってある程度の自衛はしている、それでもΩの発情期というのは特別で、それに逆らえないαがΩを襲う事件に対してはαに同情が集まる場合も多いのだ。そうなった時襲われたΩには味方は誰もいなくなる、そうならない為に俺は口を酸っぱくして言ってやってるのに危機感無さ過ぎ!
昼休み、教室でクラスメイトと弁当を食べていたらスマホが鳴った。誰だ? と思ってディスプレイを見れば、そこには樹の名前。
「もしもし、樹? どうした?」
「四季兄、ヤバイ……発情期 、きちゃったかも」
「な……言わんこっちゃない! お前、今何処にいるんだ!?」
「一階の男子トイレの個室」
「分かった! すぐ行く、待ってろ!」
少しだけ苦しそうな息遣い、その声だけで切羽詰まっている事を理解した俺は弁当を放り出して駆け出した。
多数の学生が集う学校には学年に2・3人はαがいる、そいつ等に樹が見付かったら何をされるか分からない。なにせまだ学生のαは番相手を持っていない者がほとんどで、しかも一番精力盛んな年頃でもある、これ程ヒートを起こしたΩにとって危険な場所はない。Ωのフェロモンはβには効かないとは言え、それだってどこまで信じていいのか分からない、だからこそ気を付けろとあれほど言ったのに!
校舎の一階は多目的な教室が並び、通常クラスが並ぶ2階3階程トイレを使う人間が多くない。そんな男子トイレに飛び込むと、そこには一人の大柄な男子生徒が訝し気にこちらを見やった。
俺よりも体格がいいその男が立っている場所のすぐ背後の個室の扉は閉まっている。
「樹!?」
「兄ちゃん!」
「良かった、無事か!」
俺はほっと胸を撫でおろしたのだが、その瞬間目の前の男に何故か胸倉を掴まれた。
「邪魔だ」
「は!?」
「出て行け、アレは俺の物だ」
「な……」
強い力で壁に押し付けられる。
「兄ちゃん、そいつαだっ! 僕、それでここから出られなくて……」
なんてこった、こいつ樹の発情フェロモンにやられたαなのか!
「出て行けと言われて簡単に引き下がれるかっ! あいつは俺の大事な弟だ!!」
「弟……?」
瞬間相手の腕が微かに緩み、俺は掴まれた腕を振り払う。
「あんたは樹のフェロモンにあてられているだけだ、悪い事は言わない、直ぐに出て行け」
「βのお前なんかに指示される筋合いはない!」
少しばかり尊大な態度、それはαの特徴でもある。将来を約束されている才能を持ったαは周りからちやほやと育てられている事が多く、その上に胡坐をかいているような奴等は総じてプライドが高い。
そう言えば、こいつの顔どこかで見た事があるな……確か2年のスポーツ特待生だったような……という所まで考えた所で脇腹に足蹴りをくらい俺は吹っ飛ぶ。あぁ……思い出した、こいつサッカー部のエースだ。サッカー部がその脚力を暴力に使うとか最低だぞ!
「っつ……」
「兄ちゃんっ!」
「お前はそこから出てくるなっ! あと誰かに応援要請! 早くっ!!」
俺は自分の限界を知っている、俺はたぶんこいつには勝てない。それでも弟を見捨てて逃げるなど言語道断。俺は時間稼ぎになればいい、こんな暴力沙汰を起こして損をするのはお前の方だ。特待生なんて取り消されちまえ、馬~鹿!!!
「そいつが駄目ならお前が相手になるか?」
「はぁ!?」
性的に興奮気味の男に乱暴に服を破かれた、男の俺なんか剥いても何も見るとこないんだからな! 少しは落ち着け!
それにしてもΩのフェロモンはここまでαを狂わせるのかと俺は少し恐ろしくなる。けれど、それも一瞬で、俺は抑え込まれ男に肩口に歯を立てられた。
「痛っ! ちょ……おま……」
男の犬歯が肩に食い込む、男は完全に常軌を逸していて、まるで野生の獣だ。
「ざけんなっ!」
俺だって男だ、やられるばかりでは腹が立つ。一発みぞおちに拳をくれてやったのだが、ぎらりとした瞳をこちらに向けた男にそこから俺は殴る蹴るの暴行をくわえられた。
ただ、それもそんなに長い時間ではなかったと思う、たぶん樹が誰かに助けを求めたのだろう、やって来た教師に男は取り押さえられた。
「兄ちゃん大丈夫?」と樹が俺の顔を覗き込む。けれど俺の意識はそこまでで、その後の事を俺は覚えていない。
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