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第16話

「逃げたくない、忘れたくない」 「四季!」 感極まったように兄に抱きしめられ性急に服を捲り上げられる。嬉しそうだなって見れば分かるし、そう思ってくれるの嬉しいけど、だけど待って! 近付いてくる顔を思わず両手で防御して「ストップ!」と声をあげると、少しだけ兄は不満顔。 「兄ちゃんの事、嫌いじゃない。ううん、たぶんむしろ好きなんだけど、でもそれ全部今決めなきゃ駄目なのかな? 兄ちゃんは俺に考える時間もくれないの? このまま流されて兄ちゃんに抱かれたら、俺はそれが自分の意志だったのかどうかさえ分からなくなっちゃうよ!」 兄ちゃんはずっとその想いを隠し続けて、ようやく両想いって感じなのかもしれないけど、俺の心はまだそんな一足飛びの行動には付いていけない。なんにも心の整理が付いてない。 「俺は普通の恋愛だって結局上手くいかなくて、経験だってまったくないんだよ、そこの所、少しは手順を踏んでくれてもいいと思うんだけど……」 「手順?」 「うん、告白して即Hみたいな即物的なの俺嫌い。それってまるで身体目的みたいじゃないか。それとも兄ちゃんは俺の身体だけが目的なの?」 バース性の人間の恋愛が身体から始まる事はよくある話。それは言ってしまえば本能からの行動で種の保存を図るという意味では間違った行動ではない。だけど、俺はβで、しかも男で、そんな種の保存的な本能で男に抱かれるなんて、そんな感覚持ち合わせていない。 ましてや兄に抱かれようと言うのなら、それ相応の覚悟だっている。それを全部勢いに任せて飲み込んで、今ここで抱かれてしまえば俺はきっといつか後悔する。 「もし本当に俺の事が大事なら、そのくらいの事できるよね?」 「四季は俺に何を望む?」 少しだけ身を離して兄が顔を覗き込んできた。とても深刻そうな顔だけど、別に俺はそこまで難しい事を望んでいる訳じゃない。俺はすいと両腕を伸ばして「抱っこ」とそう告げた。 「……ん?」 何やらハトが豆鉄砲を喰らったような顔で兄ちゃんが首を傾げる。 「ぎゅってして? 小さい頃からずっと我慢してたんだよ? 下に樹が産まれて、俺はお兄ちゃんなんだから、もう甘えちゃ駄目なんだってそう思ってた」 俺の言葉に更に驚いた表情で、その後顔を赤くした兄に「可愛いが過ぎるだろ……」と抱きしめられた。

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