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第19話

「親父。龍也です。入ってもよろしいですか。」 龍也さんが案内された部屋の前から中に呼びかけると、中から返事が返ってきた。 「おお、来たか。入れ。」 「失礼します。」 龍也さんが中へと続く襖を開ける。その先に広がっていたのはこの屋敷で一番大きいであろう部屋、その奥には少し髪に白髪が混ざった、想像とは全く違う優しそうな男の人が座っていた。 「望。ここでいいぞ。ご苦労だったな。」 「失礼します。」 そう言って望さんは去っていった。 「まあ、二人とも座ったらどうだ?」 望さんが行ったのを見てから組長さんが僕たちに言う。 龍也さんが座ったのを見て、僕も隣に座る。 僕が座ったのを横目で確認した龍也さんが口を開く。 「親父。俺が選んだ、俺の唯一の恋人です。」 「僕は如月伶と言います。よろしくお願いします。」 「そうか、いつか連れてくるだろうと思っていたが、とうとうか。龍也、伶さんと二人で話させてはくれんか。」 え、ほんとに?めっちゃ緊張する。チラッと龍也さんを見ると、凄く嫌そうな顔をしたまま固まっていた。 「俺がいる前ではできない話ですか?」 「ああ。そうだな、お前がいる前ではできん。」 「……分かりました。」 めちゃめちゃ心配そうな目線を僕に送りながら龍也さんは出て行った。 「…伶君といったかな?」 「はい。如月伶と言います。」 「龍也は何か迷惑をかけたりしていないか?」 「え?…はい。龍也さんには良くしてもらってます。どちらかというと僕が迷惑かけてしまっているかもしれません。」 全然思いもよらなかった質問をされたから一瞬戸惑ってしまった。 「ははっ。結構、結構。伶君が龍也に迷惑をかける分にはいいんだ。たくさん龍也に我儘を言いなさい。いいかい、伶君。君が龍也と出会うまでヤクザとかかわったことはあるかね?」 「ない、です。」 「そうだろう。普通に生きていればヤクザと関わることなんてそうない。だから、というわけではないのかもしれないが、世間一般から俺たちに向けられる視線は冷たい。龍也と一緒になるということはそういう世界に身を置くということだ。これから龍也と生活をするのであればその視線にさらされることもあるだろう。それでも、この世界に足を踏み入れたいと思うのか?」 この人はとても優しい人なんだろう。今日初めて会った俺のことをこの人なりに心配してくれているからこその言葉だ。でも、僕の答えはもう決まってる。 「もちろんです。これから龍也さんと生活を共にするということは、普通の生活から離れることを意味するのかもしれません。でも、僕は龍也さんに助けてもらったんです。なんの色もついていなかった世界に色を付け直してくれたのは龍也さんです。ほかの誰でもない。龍也さんに出会ってから僕はもう一度この世界を頑張って生きてみようと思えるようになりました。 和泉さんも椎名さんもほかの組の皆さんにもそして何より龍也さんに僕でよかったって言ってもらえるように頑張ります。龍也さんも幹部の二人もいつもはあんなに完璧でテキパキしてるけど、みんな人間ですもん何時か辛くなったり悩んだりすることがあると思うんです。これまでは一人で頑張って乗り切ってきたんでしょうけど、今度は僕が何か助けてあげたいと思うんです。」 龍也さんと一緒にいるようになってから僕が思ったこと。これがそのすべてだった。 龍也さんとなら火の中でも水の中でも幸せだ。 「…そうか。龍也もここまで自分を思ってくれる人を見つけたんだな。俺は龍也の生みの親でこそないが、まだ学生だった龍也を拾ってから大切に龍也を育ててきたつもりだ。あいつは良い人間だ。この俺が保証しよう。伶さん、龍也をよろしく頼むよ。」 「はい。二人で絶対に幸せになります。」 「伶君。俺は天竜組組長、七瀬文也(ななせふみや)という。文也とでも呼んでくれ。なにか困ったことがあったら俺のところに来るといい。いつでも歓迎するぞ。」 ニッと笑いながら言った文也さんの目元には光る雫が見えた。 「ありがとうございます。」 「そろそろ龍也が入ってくる頃だろうな。」 「え?」 文也さんがそう言うのとほぼ同時に襖がガラッと開いて、龍也さんが入ってきた。 「お話は終わりましたか。俺も伶といたいんですが?」 「おお。今ちょうど終わったところだ。いやぁ、伶君はいい子だな。お前にはもったいないんじゃないか?何なら俺のところでもらっても…」 「あげませんよ。伶は俺のです。」 文也さんが言い終わるか終わらないかのうちに龍也さんが僕を抱き寄せて言った。 「ははっほんの冗談だろう。面白くない男だな。」 「冗談は好きですが、そうゆう笑えない冗談は嫌いです。」 「はぁ。わかったわかった。今日は夕食の席を用意するから食べていけ。」 「お気遣いなく。俺たちは家で夕食は取ります。」 「俺が食べていけと言っているのに断るのか?」 「……分かりました。その代わり長居はしませんよ。」 どうやら龍也さんが折れたらしい。そのことに上機嫌な文也さんが望さんを呼んだ。 「望。今日の夕食は伶君と龍也も食べていく。二人の分も用意してくれ。それから、俺の席は伶君の隣でな。」 「いや待て、望。伶の隣は俺だ。」 子供のような言い合いをする二人を見て望さんはあきれ顔で僕を挟んで右側に文也さん、左側に龍也さんという一番無難な解決案を提案した。 夕食の準備ができるまで三人で雑談し、夕食の会場に向かう途中も二人が僕を挟んで広い廊下の真ん中をを窮屈な思いをしながら移動した。

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