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第52話

「適当に座っててくれ。昼は一緒に食べに行こうな」 龍也さんの仕事場に着くと龍也さんはテレビでよく見るような社長椅子に座って書類の整理を始めた。真剣な表情で書類と向き合う龍也さんにはいつもと違ったかっこよさがあってじっと見つめてしまう。 「...なんだ?そんなに見られると穴が開きそうなんだが」 「!?な、なんで気づいて...」 「そんなに見られて気づかないやつのほうが少ないだろう」 口元に笑みをうかべながら呆れたように言う龍也さんに少しムッとして見せる。 「何か暇をつぶすものを持って来させよう」 「気にしなくていいよ?」 「昼食まで三時間近くある。さすがに暇だろう。それに、このままずっと見つめられると仕事を放り出して伶に構ってしまいそうだからな」 「~~~~っ」 目線をこちらに向けてニッと口の端を釣り上げた龍也さんを見て顔が赤くなっていくのを感じた。 龍也さんがどこかに連絡をすると、しばらくしてノックの音と共に和泉さんが部屋に入ってきた。 「あぁ。悪いな」 「いえ、お気になさらず」 和泉さんは紙袋に入った何かを僕に渡してきた。 「開けてみろ」 龍也さんに言われて紙袋を開く。 「これ...!」 そこには最新のゲーム機が入っていた。なんでも、発売当初から猛烈な人気で完売が相次いでいたとか。 「これ今すっごい人気で手に入れるのすら難しいんですよ!?」 顔を上げて和泉さんを見ると、平然とした顔で答えた。 「ちょっとしたツテがありまして。喜んでいただけて何よりです」 和泉さんの人脈おそるべし。 「それで時間を潰してろ」 龍也さんと和泉さんが書類片手に話し始めたので邪魔しちゃいけないと僕もソファーに戻ってゲームの電源を入れてみる。紙袋の中にはゲーム機のほかにソフトも色々入っていてその中から一つ目についたものを選んで本体に差し込む。操作が最初はなれなくて難しかったけど、プレイしていくうちにうまくできるようになってきて熱中してやってしまった。 「楽しいか?」 突然かけられた声に画面から目を離すと、龍也さんが僕の隣にドカッと座ってきた。 「楽しいよ。ありがとね」 「いや、それならいいんだが」 「龍也さんお仕事は?」 「時計見てみろ」 そう言われて時計に目を向けるともうお昼時はとうに過ぎていてどちらかと言うとおやつ時のほうが近い時間になっていた。 「!?!?もうこんな時間!?」 「昼時に一回声をかけたんだがな、夢中で返事も返ってこなかったぞ」 「うそ!ごめんなさい」 呆れたように笑う龍也さんに謝ると頭にポンと手が置かれた。 「昼飯も食べ損ねたし伶に無視されるとはな」 龍也さんが僕から目線を逸らして悲しそうに言う。 「え、え、ほんとにごめんなさい」 どうしようとおろおろする僕を龍也さんは視界に入れると口を開いた。 「俺は少なからず傷ついたわけだ。俺に無視されたら伶は嫌じゃないのか」 「いや、です」 「だろうな。俺は悲しんでるし、怒っているんだぞ伶」 少し怒気をはらんだ龍也さんの声に涙が込み上げてくる。 「ごめんなさい。許して。なんでもするから」 「なんでもする、か。じゃあ伶からキスを」 「え、?」 「頬ではなく口にな。なんだ?できないならいいが」 龍也さんがそう言ってソファーから立ち上がろうとする。 「待って、出来る、出来るから」 龍也さんをソファーに座らせ、僕の方を向かせる。ソファーの上に膝立ちしてそっと龍也さんの唇に自分の唇を重ねた。唇を離しておずおずと龍也さんの顔を見ると、龍也さんはニヤっと笑った。 「!?」 龍也さんの意地悪そうな笑みに驚いていると、龍也さんが僕にもう一度口づけてきた。 「んんっ!」 ビックリして逃げようとすると龍也さんの腕が僕の頭の後ろに伸びてきて逃げられなくなってしまった。 「んぁっ!?」 唇を龍也さんの舌が割り開いて、口の中を龍也さんの舌が暴れまわる。 歯列をなぞるように舌が動くと体から力が抜けていくのがわかる。お互いの唇が離れるころには僕はもう龍也さんに縋りつくみたいになっていた。すっかり腰が抜けてしまった僕の頭を撫でている龍也さんの顔を見上げる。 「...もう、怒ってない?」 龍也さんに恐る恐る聞くと、龍也さんは軽く笑って初めからそんなに怒ってないと言った。 「怖かったか?」 頭を撫でながら優しい顔で聞いてくる龍也さんを見て、涙が込み上げてくる。 「怖かったああああ」 ボロボロ涙をこぼしている僕を見て龍也さんが焦ったように僕を抱きしめる。 「ちょっとやり過ぎたな。ごめんな。俺が悪かった。怒ってないぞ、怒ってないから」 龍也さんに抱きしめられながらひとしきり泣いた。 「落ち着いたか?」 「うん」 「今ご飯食べると夜食えなくなるだろうから軽く何か食べるか」 「うん」 「ちょっと待ってろよ」 そう言うと龍也さんは僕の額に軽いキスをして電話をかけ始めた。 しばらくして届いた軽食を二人で食べて龍也さんが残りの仕事を片付けている間、僕は龍也さんの膝に乗っけてもらった。 「よし。伶、終わったぞ」 龍也さんがふぅと息を吐いて書類をホチキスで留める。 「夕飯何食べたい?伶が食べたいもの食べよう」 「お肉食べたい」 「またざっくりとしてるな。まあいい、行くか」 龍也さんに手を握られて僕たち二人は車に乗り込んだ。

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