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第56話
ぼすっとソファーに沈み込む。頭は夜ご飯を作らないといけないと思っていても体が動かない。和泉さんは僕を送り届けてから少ししてお仕事が入って忙しそうに行ってしまった。
......さっきの女の人綺麗だったな。隣に並んでもイケメンの龍也さんに全然見劣りしてなかった。それに比べて僕は、龍也さんに何をしてあげられているんだろうか。あの女の人みたいにきれいじゃないしイケメンでもないし........もっと頑張らなきゃ。龍也さんの隣に立てるように。
僕はソファーから立ち上がってキッチンに立つ。買ってきた食材をキッチンに並べて調理を始める。
「いたっ、また切っちゃった」
いつもだったら料理中に指を切っちゃうことなんてないのに今日はもう三回も切ってしまっていた。
「ダメだなぁ。僕」
絆創膏を指に貼りながらポロっと言うと、なぜか涙が込み上げてきて頬をつたった。
「...っ、泣いてないで、早く作らなきゃ」
服の袖でグイっと涙を拭いてまたキッチンに立った。
「よし、あとは煮込むだけ」
落し蓋をして、鍋に火をかけておく。ご飯もそろそろ炊けることを確認する。
「うん、大丈夫」
やることがなくなると途端にいろんなことを考え始めてしまう。
やっぱり龍也さんも僕なんかみたいなのじゃなくてあんなきれいな人と一緒になったほうが幸せなのかな。世間体とかもあるだろうし...
自分で考えたことに自分で落ち込む。
「...い。おい、伶、伶?」
「え!?あ、お、お帰り、龍也さん...って焦げ臭っ!!」
大急ぎでキッチンに行って火を止めて、恐る恐る鍋を覗く。
「ああ~」
鍋の中の肉じゃがだったものは見事に焦げていた。その場に座り込んでへこんでいると龍也さんもキッチンに入ってきて鍋を見た。
「ごめんなさい、僕ぼーっとしちゃって。すぐ何か別の作るから」
「肉じゃがか。俺の好物だ」
そう言うと龍也さんは隣に置いてあった菜箸を取って鍋の中の肉じゃがを一口食べた。
「ちょっと!焦げてるから!美味しくないでしょ?すぐ作るから待っててって!」
「うまいぞ」
「嘘つかないで!」
龍也さんの前から鍋を取ってごみに捨てようとすると、龍也さんが後ろから抱きしめてきた。
「なに?すぐ作るね、肉じゃがは無理だけどなにかは作れると思うから」
「必要ない。肉じゃががあるじゃないか」
「焦げてるんだってば」
「知ってる」
「美味しくないでしょ」
「うまいよ」
「嘘」
「嘘じゃない」
そう言うと龍也さんは僕の手からそっと鍋を取ってキッチンに置いた。
「捨てるから、返して」
「返さない。ソファー行くぞ、伶」
「ちょっと!」
龍也さんはそのまま僕を抱え上げてソファーに座った。龍也さんの膝にまたがって向かい合わせになるように座った僕は龍也さんに抱きしめられた。
「伶は俺に何か言いたいことはないのか?」
「ない」
「そうか。じゃあ聞きたいことは?」
「ない」
「そうか。じゃあ頼みたいことは?」
「ない」
「そうか...じゃあなぜ伶は泣いている?」
「っ泣いてない!」
「そうか」
龍也さんはそう言うと肩口にうずめている僕の頭をなで始めた。
「伶、聞いてくれるか?」
「...なに?」
「俺は伶の性格が好きだ。表情がコロコロ変わるのも見ていて楽しい。怒ってムッとした顔も、膨らむ頬も好きだ。それから」
「ちょ、ちょっと待って、何?いきなり」
「いいから聞け。ああ、深いキスをしてやった後の顔もすごく好きだな。押し倒すと恥ずかしそうに、それでも俺にこたえようと頑張っているところも好きだ。伶が楽しそうにしていると俺まで楽しくなる。伶が笑うと俺までつられて笑顔になる。伶、俺は伶とずっと一緒にいたいと思っている。伶はそう思っていないのか?」
「思ってないわけない!僕だってずっと龍也さんと一緒にいたいけど、」
「けど、なんだ?」
「世間体とか、僕のせいで龍也さんがいろいろ言われるのは嫌だ」
「そうだな。伶が言う通り今の日本では女の妻を作るほうが世間体的にはいいだろう。だがな、伶。俺はそんなことしたくないんだ。もし俺が伶と出会っていなかったら誰かと結婚したかもしれない。でも俺は伶に会った。俺はだれが何を言おうと生涯をかけて伶を愛すると誓った。それに嘘偽りはない。それが覆ることもな。伶は...俺を信じることはできないか?」
「龍也さんはそれでいいの?」
「どういう意味だ?」
「今日女の人と一緒にいた」
「ああ、取引先の女社長だな。取引の時以外に会うことはない」
「知ってる、知ってるけど...僕、どんどんめんどくさくなってく。お仕事だってわかってるのに、和泉さんにも言われたのに、なんかモヤモヤして。めんどくさいでしょ?僕どんどん欲張りになってくの......」
「それでいい。俺はその独占欲ごと伶を愛してやろう。だから伶、我慢するな。俺が伶を嫌うことはこれからの人生一度たりともないと思え。その代わり、俺は伶が俺から離れたいと泣き叫ぼうとお前を離さない。いいか?」
僕の頭を優しくなでながら龍也さんが言ったのは紛れもない僕に対する独占欲で、龍也さんに自分がどれだけ愛されているのかを実感する。
「うん、ありがと。龍也さん」
「ああ。そうだ、少し待ってろ」
そう言って龍也さんは僕をソファーに降ろしてテーブルの上に置いてあった携帯を取って帰ってきた。
「伶。この着信見ただろう」
携帯のディスプレイに表示されたのは紗友里という名前だった。
「見てない」
「誰だか気になるか?」
「別に」
「はぁ。伶、本当のことを言え」
「~~っき、気にな、ります」
どんどん尻すぼみになっていった僕の言葉を聞いて龍也さんは満足そうに笑った。
「ちょっと!何してんの!」
龍也さんの指が携帯を何度かスワイプすると、その人に着信中の文字が表示された。
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