59 / 67
第60話
朝早く起きて歯を磨いていると、家のチャイムが鳴った。
「俺が出るから伶はその頭何とかしろ」
とっくに準備も終えている龍也さんがまだ寝癖がぴょんぴょん飛び跳ねている僕に言う。
ガチャっと玄関のドアが開いた音がして、和泉さんと椎名さんが家に来たことが分かった。
「おはようございます。伶さん」
しっかりとスーツに身を包んだ二人に挨拶をされて僕も言うことを聞いてくれない髪の毛を押さえつけながら挨拶を返す。
「休日なのに悪いな」
「いえ、お気になさらず」
そう、今日が天竜会の姐、紗友里さんが家に来る日なのである。
「龍也さん、寝癖治らないんだけど」
水で濡らそうが、押さえつけようが治る気配のない寝癖をいじりながら幹部の二人と話している龍也さんのところに行く。
「やってやるからこっちに来い」
ソファーに座る龍也さんの足の間に座らされて僕の髪の毛を龍也さんが整え始める。
「ほら、できたぞ」
僕の時はぴょんぴょんとありとあらゆる方向に跳ねていた髪の毛が龍也さんが整え始めるとあっという間に落ち着いた。
「なんでこんなにすぐできるの~?」
龍也さんに聞くと「普通にやれば治る」と返されてしまった。そんな僕たちを珍しそうに幹部の二人が眺めていた。
「そろそろ時間か」
龍也さんが言うと、和泉さんが時計を見る。
「そうですね、もうすぐ到着される時間かと」
和泉さんがそう言うが早いか、椎名さんの携帯が鳴った。
「到着されたみたいです」
「なんか緊張してきちゃったんだけど」
隣にいる龍也さんに言うと、龍也さんの大きな手が頭に乗って『大丈夫だ』というように頭をなでられた。
マンションのエントランスまで下りていくと、龍也さんがいつも乗っているような黒塗りの車が止まっていた。後部座席のドアを運転席から出てきた強面の男の人が明けると中から女の人が出てきた。
「あら!あなたが伶君ね!?会えてうれしいわ」
女の人が車を降りると同時に僕に駆け寄ってきた。
「初めまして!伶です。よろしくお願いします」
「姐さん、お久しぶりです。どうぞ中へ」
龍也さんが僕たちの間に入って中へと案内する。その間も紗友里さんは僕の隣をニコニコしながら歩いていた。
「紗友里さん、コーヒーか紅茶かどっちがいいですか?」
「そうね、紅茶をいただいてもいいかしら?」
「もちろんです」
和泉さんと椎名さんは紗友里さんのお付きの人と話しながらどこかに行ってしまったから僕が三人分の飲み物を用意する。
「どうぞ、龍也さんはコーヒーでよかったよね?」
「ああ、悪いな」
「ありがとう、伶君」
ソファーに向き合って座っている龍也さんと紗友里さんにそれぞれの飲み物を渡し、僕は龍也さんの隣に腰を下ろす。
「そんなにかしこまらないで頂戴、お説教しに来たんじゃないんだから」
僕が背筋に定規でも入っているのではないかと思うほどに背筋を伸ばしていたら紗友里さんが優しく微笑んで言う。
「あらためて伶君、天竜会の七瀬文也の妻、七瀬紗友里です。よろしくね」
「如月伶です、よろしくお願いします」
「龍也と伶君の馴れ初めって何だったの??」
興味深々といった感じで僕に聞いてくる紗友里さんにとなりで龍也さんがニヤッと笑ったのが分かった。
「伶が俺にスー」
「ちょっと!!!」
なんの抵抗もなく話し出そうとする龍也さんの口をふさぐ。
「あら、教えてくれないの?」
「ちょっとあの、いろいろあって」
僕は必死になって何とかごまかそうとする。
「ふふっそんなに焦っちゃって、かわいいわね。この子ちょっとあんたにはもったいないんじゃないの?龍也」
「そんなことありません、俺たちの相性は抜群にいいですから」
な?と僕に向かって聞いてくる龍也さんにコクコクとうなずく。
「そうなのね、もしよかったら私がもらっちゃおうかと思ったんだけれどね」
そういえば文也さんと初めて会った時も同じようなことを言っていたなと思い出す。
似た者同士の夫婦なのかもしれない。
しばらく三人でお話をしていると部屋に和泉さんたちが入ってきた。
「ご無沙汰しております。姐さん」
和泉さんたちが紗友里さんに、紗友里さんのお付きの人が龍也さんに挨拶をする。
「龍也、伶君借りてもいいわよね?」
「...本人がいいのなら」
明らかにいやそうな顔をしながら龍也さんが答える。
「いい?伶君?」
「は、はい。もちろん」
「やった!じゃあ行きましょうか」
「へ!?どこに行くんですか?」
あっという間に家を出て、紗友里さんが乗ってきた車に乗せられる。
「デートよ、デート。私最近忙しくて遊びに行けてなかったのよね。少し付き合ってくれる?」
いたずらっぽい笑みを浮かべて僕に聞いてきた紗友里さんは僕がうなずくと運転手さんに行き先を教え始めた。
ともだちにシェアしよう!