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第3話 なぜか、彼の目にせっかく戻った理性の光が、一瞬で消し飛んだ
「重春さん、僕の、舐めて……?」
九条は今、ドアの前に立っている。この状態では舐められないので、膝と靴先を床につける形で腰を落とした。
すると、体が下に下がった分、相対的に、ドアに固定されている手首が持ち上がり、両手首が頭の高さに固定されている、という状態になった。
「それ……イイ……ッ」
期せずして磔のような体勢になり、綾斗が感激の声を出す。
はーっ、はーっと息を弾ませながら、彼が下着から自身を取り出す。ちょうど九条の目の前に、小ぶりなりに張り詰めたものが現れた。ふるふると震えるそれはなんだか一生懸命さがある。
「重春さん、口開けて……」
そう言われたので従うと、綾斗の強 ばりが口の中に突っ込まれる。頭をつかまれて上向かされ、目が合うと、綾斗は目を潤ませた。
「は……すご…………っ。重春さんに、こんな……くわえさせて……っ」
彼は何やら感極まっているが、別に口でするのは初めてではない。確かに手を磔にされた体勢でするのは初めてだが、それがそんなに興奮するのだろうか?
そう九条は思うが、そもそも、アルファが男オメガのものを口で奉仕するなどということは普通ない。そういうことを、性事情に疎い九条は知らなかった。
強ばりが深く挿入され、喉の奥に当たる。
今まで口でするにしても、あくまで自分のペースでしていたのが、綾斗のペースで突き入れられ、それに合わせられずに喉がえずきそうになる。
それで顔を離そうとしたが、それは背後のドアに阻まれ、物理的にできなかった。頭をドアに押しつけられ、腰の動きで竿をねじ込まれる。
「……ん……んん……ッ」
「はぁ……あぁ……重春さん、イイ……もっと……!」
手が使えないので、挿入の深さを自分で調節できず、喉の奥に当たり、えずきそうになる。何度目かで生理的な涙がにじんだ。
はぁ、はぁ、と荒い息が下りてくる。
空気の濃密さが、また一段階、上がった気がした。
綾斗のフェロモンが、興奮が、伝わってくる。綾斗がぺろりと舌を出し、自分の唇を湿らせた。
「もっと深く、僕を呑み込んで……」
また喉の奥まで挿れられる。逃げ場はない。ただ受け入れるしかできない。
苦しくても、耐えるしかない。
彼が、ぞくぞくっと、嬉しそうに目を潤ませた。
九条が弱っているのが好きなのだと、彼は言う。九条を拘束して優位に立ち、主導権を握ってするというのを、たまらなくしたくなる時があるそうだ。
その理由は聞いているし、それなりに理解できるので、それはいい。
問題は……拘束されてこういうことをされることに、自分が快感を拾い始めていることだ。
喉の奥に好き放題に突っ込まれ、苦しいのに、苦しいだけじゃない。何か充足感のようなものが胸に込み上げる。
つがいというものは、アルファがオメガを強制的に自分のものにする関係だ。だから、綾斗のうなじを噛んでつがいにした瞬間から、「綾斗は自分のものだ」という確かな実感がある。
だが、「自分が綾斗のものになった」という感覚は特にない。つがいになることで、アルファ側に、「オメガのものになった」という実感は生じないわけだ。
つがいになって当初は、それについて何か思うことはなかった。綾斗が自分のものだと感じられるだけで満足していた。
だが、綾斗とこういうプレイをしていると、「綾斗が自分を、綾斗のものにしようとしている」というのを強く感じる。それは……じわじわと染み入るように、九条を満たしていく。
嬉しかった。
自分から離す気は微塵もないが、君からも、離さないでほしい。綾斗が自分に執着してくれるのが、ただ嬉しい。
自分は、彼のものになりたい。
「唇に力入れて……舌も絡めるみたいにして……?」
口に入れられたままなので、返事をすることもできず、言われた通りに唇と舌を懸命に使った。じゅぶっ、と大きな音が響く。
「あぁ……僕の濃いの……全部、飲んで……ッ」
頭をぐっとドアに押さえつけられ、完全に固定された状態で突き入れられる。そこで綾斗が弾け、どろりとした体液が喉の奥にぶちまけられ、九条はむせた。目から涙がにじむ。それでも全部飲めと言われたので、苦さに眉を寄せながら、その粘り気をごくりと飲み込んだ。
それを飲み下して――ひどく満たされた気分になった。
今、自分は、彼のものだ。
この体は、命は、すべて彼のものだ。
そう思うと、ぶるりと震える。意識したこともない類いの喜びが湧き上がった。
はぁ、はぁ、と息を乱しながら、綾斗がドアに手をついて見下ろしてくる。一度イッて少し落ち着いたのか、目に理性の光が戻っていた。
「あ……その手枷、痛くないですか……?」
……ここで痛いと言えば、外してくれるのだろうか。
一瞬そう思ったが、やめた。
「大丈夫だ。それより、私のネクタイを外してくれないか」
九条はここに駆けつけたままの背広姿だった。さっきから、きちんと締めたネクタイがきつくて息苦しく、これから行為を継続するなら邪魔だと思って言ったのだが。
――なぜか、彼の目にせっかく戻った理性の光が、一瞬で消し飛んだ。
「は……はぃぃぃ!!」
綾斗はその場でがっと膝をつくと、目にもとまらぬ速さで九条のネクタイを引き抜き、そのまま九条のワイシャツのボタンも流れるように上から外していく。
どうやら「ネクタイを外せ」と言ったのを、「服を脱がせてくれ」という意味に取ったらしい……と気づいた時には、シャツのボタンはすべて外され、ついでにズボンのベルトも抜かれ、ファスナーまで下げられていた。
「……」
綾斗の視線が、じっくりと、舐めるように九条を見下ろしている。その目は、ワイシャツの下から覗く九条の裸体に釘付けだった。
「な、なんだ……」
体など、上半身どころか全裸まで、もう何度も見られている。今さら恥じらうことなど何もない。
そう思うのに、そうではないと、わかる。
両手をドアに磔にされ、自分では動くことができない状態で、肌をさらけさせられ、それを見られている。
視姦、というのだろうか。
その視線を遮ることもできない自分が今、どれほど無力な状態に置かれているかを思い知らされる。
無防備な体をさらし、何をされても抵抗できない。
この体勢のいたたまれなさを遅ればせながら実感し、頬がかぁっと赤くなる。……なるほど、これは手錠より恥ずかしいかもしれないと、さっき綾斗がフィーバーしていた理由がやっとわかった。
「重春、さん……っ」
膝立ちになった綾斗の両手が腹をさすり、それが上に上がってきて、胸の尖りに触れる。そこはいじられるとすぐに芯を持ち、硬くなった。
そこを触られるのはいつも恥ずかしいのだが、今日はいつにも増して羞恥を感じた。
「……やめ……っ」
恥ずかしくて逃げたくなるが、背後はドアだ。わずかに身をよじるぐらいしかできず、逃げることなどできない。
左右両方ともに、胸の粒をつままれ、くりくりと指の間で転がされる。恥ずかしくて直視などできない。目をきつく閉じていると、そこに爪を立てられ、はっ、と湿った息がこぼれた。
下が、びんっと反応する。
ラットを起こしているのだ。体が愛撫に敏感なのは、もうどうしようもない。
「重春さん、かわいい……っ」
お決まりのその言葉が、綾斗の口からため息のようにこぼれ落ちる。
本人は褒め言葉のつもりらしいが、九条にとっては、「それを言われると恥ずかしい目に遭う」というのが、もう体に染みついていた。
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