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第6話 重春さん……僕に関しては、絶対苦労を増やしてるよな……?
そして。
うぅぅぅわぁぁぁぁぁぁぁぁ。
綾斗は九条の後ろを歩きながら、心の中で絶叫していた。
やってしまった。またやってしまった……!
あの潮吹きの後、九条は足腰ががくがくになり、しばらく立ち上がることができなかった。それだけ快感が大きかったのは確かだろう。
ただ。
潮吹きをしたということは、当然、トイレの床が汚れたわけで。
まともに動けない九条の前で、綾斗がそれを掃除したのだが、それで九条がまたものすごいダメージを受けていた。
その後、普段なら外食をして帰るところなのだが、もう九条はどこかに寄る心の余裕もなさそうな状態で、まっすぐに帰路についた。その間、結構時間はあったのだが、結局、九条は一言も話さなかった。
当然だよな……と思う。
ヒートを起こしていたとはいえ、自分の行動はあまりにもあんまりだ。もうほんと、あり得ない。
今日は金曜の夜なので、九条が泊まりに来る日なのだが、もしかして今日は帰っちゃうんじゃ……とはらはらしていたが、それはなかった。ちゃんと九条も綾斗のアパートについてきてくれて、それだけで涙がちょちょぎれそうになった。
二人で中に入り、居間にたどり着く。そのタイミングで、綾斗はがばっと頭を下げた。
「今日、本っ当に、すみませんでした……!!」
絶対怒ってるよな、と思ったのに、九条は綾斗の頭をじっと見下ろし、ぽんぽんと撫でただけだった。
「お、怒ってないんですか?」
「え」
「あ、いえ、さっきまで、黙ってたから……」
「ああ、それは単に疲れてただけだ。声もかれてたしな」
そう、なんでもないように言われる。
「ヒートで理性が飛ぶのを怒っても、仕方ないだろう?」
……。
いえ、そうなんですけど、そのヒートを外出先で起こしたのが問題なのであって。
「あの、ほんとに、ヒート起こすなんて想定外だったんです。僕、ああいうグッズとか慣れてますし。以前マッチングでしばらく会ってた人が、よく使ってたんで」
「……アルファでも、ああいうグッズを好んで使う人間がいたのか?」
「あ、その人はベータでしたけど。結婚する気のない、遊びの人だったんですけどね」
「……」
義憤に混じって、九条の嫉妬をちりっと感じる。もう終わった関係を話題に出すものではないと、綾斗は慌てて言葉を継いだ。
「だ、だからっ、重春さんに会うまでは、もうほんと、そういう欲求はだだ下がりだったんですよ。ああいうグッズが好きとか使いたいとか、そんな気持ちもなかったですし。だから、あの店でテンション上がってヒート来るなんて、ほんと思わなくて……」
九条は意外そうに目を丸くしていた。
「君はああいうのが元から好きなんだと……」
「違います違います! ああいうグッズ使ったらクるとか、そんなの考えるの、重春さんだからですっ。もう重春さんのこと考えると、止まんなくなって、それでああいうことに……」
それを聞いている九条の顔が、だんだん赤くなっていくが、綾斗はそこまで言って、はっとした。
これではヒート中に、九条がかわいすぎるからこうなったのだと言ったのと、同じではないか。後から思うと、あの言いがかりは、ない。たとえそう思っていたとしてもだ。
「あ、あの、違いますっ。店でヒート起こしたのは、百パーセント、僕のせいですっ。僕の想像力が至らなかった……いや想像力を働かせすぎた……?」
どっちが正しい? とどうでもいいことで言いよどんでいると、「いや、百パーセント君のせいというわけじゃない」と九条が言う。
「私もさっき、道中にいろいろ考えていたんだが……この前の発情期の時、手錠プレイ、しなかっただろ」
「え? ええ……」
以前、九条と話して、これからは時々、手錠プレイをしてもいいということになった。なので先月発情期がきた時しようと思ったのだが、なんとなくタイミングを逃してしまったのだ。
「それで君が我慢を重ねた結果、今日、爆発したんじゃないかと」
「えっ!? いえっ、そ、そんなことは……」
そう言いかけたが、言われてみればそれも一因かな……という気がしてくる。
「どうなんだ?」
「それは……そう、かもしれませんが……」
ふぅー、と九条が深く息を吐き出す。
「悪かった」
「え」
「私が、そういうのができないような空気を出していたんだろう」
「あ、ああー、ええと……」
確かに、先月の発情期の頃はそうだった気がする。結婚の準備でいろいろと進展があり、そのためか、九条がいつも以上にアルファらしかった。
九条は少し笑って、綾斗を見た。
「君は繊細だな」
……はい?
「私のそういう機微を、くみ取って遠慮してしまうのか」
くしゃっ、と髪をかき混ぜられる。
「私に遠慮するな……と言ってもすぐには無理なんだろうな、君は。したい時はそう言ってくれればいいんだが……」
そう言って困ったように微笑まれ、綾斗は心象風景の中で叫んだ。
マイ、エンジェル……!!
もう、そうとしか言いようがない。
どこの世界に、助けにいったら理不尽に拘束されて、散々恥ずかしいことをされた挙げ句に潮吹きを強要された後、『したい時はそう言ってくれればいい』と笑って言える人間がいるんだ? そんな人は、もう天使しかいない……!!
そんなふうに感激していると、さらに九条は言った。
「あれだ、その……毎回、発情期の時は、一回はするようにするか? 手錠」
そんな信じられない言葉を聞き、綾斗は目を瞠った。
まさか、九条の方から、そんな提案をしてくれるなんて。
あまりに嬉しすぎて、プレーリードッグのように立ち尽くして凝視していると、九条は頬を赤くして目をそらした。
「いや、その、目安を決めておけば、君も言い出しやすいんじゃないかと……」
「い、いいんですか?」
「というか、そうしておく方が、こういう暴走が起きるリスクは下がるだろう」
原因を突き止めて対策を取る。
こんなことにまで、システム エンジニア らしさを発揮する九条の真面目さが尊すぎる。
綾斗は九条が言ってくれた言葉を頭の中で反芻した。「これからも手錠プレイをしていい」と言われるのと、「月に一度はするようにしよう」と言われるのでは、だいぶ違う。一歩踏み込んだ言い方になっている。人類にとって大きな一歩だ。
だけど、本当にいいんだろうか。
この前、手錠プレイを許可してくれたのだって、自分に合わせてくれてるんだろうなというのは、すごく感じている。嫌じゃないとは言ってくれているが、きっと九条にとっては、「しなくてもいいプレイ」なのだろうし。
そう思っているのが顔に出たのか、こん、と指で額 を弾かれた。
「だから遠慮するな。私も、やられっぱなしになるつもりはない。あのチェーンとか、君につけてみたいし」
そんなことを言われ、かぁぁっと頬が赤くなる。
そう、九条に何か恥ずかしいプレイをすると、それは後で全部、自分に跳ね返ってくる。
それももちろん、嫌じゃないのだけど。
「ああでも、潮吹きはやり返さないから安心しろ。あそこまでひどいことは、さすがに君にできない」
「ほんっとうにすみません!!」
綾斗はもう一度、深く深く頭を下げた。
「僕だって、本当にあんなことしたいなんて思ってなかったんです。ただ妄想で思ってただけでっ」
「それは言い訳になっているのか?」
「え? な、なってません? 妄想するのと、実際に行動に移すかどうかはまた別ですよね!?」
まあそうだな、と九条は笑っている。そうやって九条は笑って許してくれているが、今回のは本当に申し訳なさすぎた。
「あの……僕には遠慮しなくていいって言ってくれますけど、重春さんも、気になることがあったら、なんでも言ってくださいね? 僕、ちょっと抜けてる……抜けてるつもりはないんですけど、なんか結果的にはそうなってるので、重春さんの迷惑にならないようにしたいです」
するとまた笑われた。
「そういえば今日、会社でも似たようなことを言われたな。結婚したら苦労するんじゃないかって」
それは反論できない……と思っていると、九条は穏やかに言った。
「そんなこと、全然、大したことじゃないのにな」
九条はそう言って背広を脱ぎ、居間に置いてある自分の部屋着を取り出して、着替え始めた。
……。
いや、多分、店のトイレで潮吹きさせられるのは、人生であるかないかってぐらい、大迷惑だと思いますけど……。
笑みの余韻の残った顔で着替えている九条を見ながら、綾斗も着替え始める。
九条は対策を取っているつもりなのだろうが、結果的には、月一回コンスタントに手錠プレイをすることになってしまったわけで。
(重春さん……僕に関しては、絶対苦労を増やしてるよな……?)
思う。
綾斗としては願ってもいないほど嬉しいのだが、要するに、九条は綾斗に甘いので、歯止めにならないのだ。
九条は自分に遠慮しなくていいと言うが、九条の方こそ綾斗に、「それは嫌だ」と全然言わない人なのだ。驚いたり、恥ずかしがったりしても、最後はなんでも受け入れてしまう。
無理させてないかな、とちょっと思う。
何せ九条は、「君になら殺されたっていい」としらふで言う人だ。
おかしな話だけど。
九条が神で、天使で、人格的にすばらしい人だと思えば思うほど、僕が守ってあげなきゃという気持ちが強くなる。
ていうか、ていうか。
口に突っ込んだ時、泣かせちゃったし。
あれ、絶対僕が下手だったからだよ。ああもう、あり得ない。段階を踏まずに飛ばすから、ああいうことになるんだよっ。
今回のことを、思い返せば思い返すほど、あぁぁぁぁぁと頭を抱えたい気持ちになる。こんなことは初めてだった。
――つまり、今までのようにただ目をハートマークにして猪突猛進するだけではなく、プレイをする上でのS側としての意識や心得のようなものが芽生え始めていた。
九条は歯止めにはならないから、自分がしっかりしないと、九条を傷つけてしまう。
ヒートを起こしていても、自分の感情がどストレートに出ているだけで、自分は自分だ。きっと普段の自分がもっとどっしり構えられていれば、あんなに暴走はしない。
(今が幸せすぎるんだよな……)
つがいになったのだから、「自分は九条のものだ」という実感はある。けれど、自分が九条のつがいなんて、今でも信じられないところがあるのだ。だから、「今しておかないともうこんな重春さんは見られない」とか、「こんなチャンスは人生で最後」とか思ってしまい、プレイが強引になってしまった。
結婚して、月日が経って……九条のつがいであることに慣れ……慣れれば、そんなに焦らずにできるようになるのだろうか。
――と、そんなことを難しい顔で考えている綾斗を、遠慮するなと言っても結局なんだかんだ考え込むんだなと、横目で九条が見ているのだが、それには気づかない。
着替えが終わったところで、綾斗はふと一つ、自分の誤りに気づき、神妙な顔で九条に向き直った。
「あの、僕」
「ん?」
「明日死んでも後悔しない生き方を、プレイの最中に適用するのはやめます」
「うん、そうしてくれ」
とりあえず、それだけは学んだ綾斗だった。
プレイは計画的に。
【お知らせ】
fujossyのラルーナ文庫先読みで、文庫53ページ分が公開されています。
また、その内容を4コマ8ページで紹介したマンガをアップしています。
ペンネームのプロフィール欄にリンクがありますので、ぜひご覧ください。
次ページのあとがきで自分の萌えを語っております。
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