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第3話
迫る篠宮から距離を取ろうと後退していた俺の背が遂に壁にあたった。
「っ…Ωがいるじゃん!…津川先輩!津川先輩と篠宮が付き合ってるって聞いたこと…!」
学園一美人で有名なΩの先輩の名と共に、以前耳にしたことがある交際の噂を挙げ気を逸らそうとするが目の前に来た篠宮は「もしかして嫉妬してるの?かわいいね。」と訳の分からない返しをしてくる。
篠宮の手が俺の顔の横を通って壁に添えられた。
いわゆる壁ドン。
こんなことリアルにする人いるんだ、とか冷静になれば思うことができるのだけど、この時の俺は篠宮に対する困惑と恐怖でいっぱいだった。
「や…やだっ…!」
近付いてきた篠宮を再び拒絶し下に蹲り顔を伏せる。
「佐伯…小さくなってる佐伯もかわいいけど、今はそのかわいい顔にキスしたいな。」
篠宮が目線を合わせようとしゃがんだことが声の聞こえてくる高さから分かった。
俺は顔を俯かせたまま頭をフル回転させどうやってこの場を切り抜けようか必死で考えたが、そうしている内にふと視界に膝立ちになった篠宮の足元が映る。
「……?」
すると次の瞬間シャツの襟を後ろにグッと引っ張られ首の後ろに生暖かい湿った何かと硬いものが触れた。
「!?なに…っぃ"っ…!」
首筋を襲ったのは痛み。
「いたっ…ゃ"…!」
噛まれている…!!なんで…!Ωでもない俺の項を噛んだってなんの意味も無い!
またも俺の理解の外から襲ってきた恐怖に、痛みが綯い交ぜとなり涙が溢れた。
やがて噛むのを止めた篠宮は、俺の肩を壁へと押し付けた。自然と起こされる顔。
俺の目から滲む涙を見て篠宮は嬉しそうに笑った。
「佐伯…かわいい…。さすが俺の佐伯。」
ちゅっ…と軽く鳴るリップ音。
あぁ…俺…篠宮とキスしてる…。
「やだ…。」
恐怖に支配されつつあるが完全に抵抗を止める気にはまだなれない。
1度では満足せず再び唇を重ねようとした篠宮に手を翳し拒否の意を示すが、その手は取られ、掌や甲にキスを落とされる。
「佐伯。大丈夫。これからお互いのこと知っていこう。」
いいえ、結構です。
…なんて言えたら良かったのだけど。
篠宮は最後に涙を流す俺の目元にキスをすると立ち上がり、「日誌、まだだったよね?」と平然と言った。
先程までのあれがまるで悪い夢だったかのような篠宮の態度。
いっそ本当に夢だったのならどんなに良かったことだろう。
あの日から俺は、覚めない夢の中にいる。
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