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第5話

教室に向かうと教室内で篠宮に問いかける生徒たちの声が廊下まで聞こえてきていた。 「篠宮くん…!番を持ったって聞いたけど本当なの!?」 「はは。皆、情報が早いね。」 嬉しそうに答えた篠宮の声にザワッと騒ぎ出す周囲。 悲しみや、困惑、中には「出し抜かれた!」と怒る声もあった。 そんな声に頭を抱えながら教室に入るに入れない俺を見て茅原が声をかけてくる。 「…無理すんなよ。」 そう心配そうに言った茅原に「ありがとう。」と笑って返してから意を決して教室に入る。すると渦中にいた篠宮が俺を見つけて席を立った。 「佐伯。ちょうど良かった。良い機会だから皆に紹介しよう。」 そう言ってこちらに向かってきていた篠宮だったが、その姿が突然俺の前から消えた。 いや、俺の視界が大きな背中に塞がれたのだ。 「お前。収拾つける気も無ぇくせに佐伯を巻き込むなよ。αはαらしくΩと居ろよ。」 怒りに満ちた茅原の声。 茅原は俺と同じβで平凡を愛する者の1人だ。 実際に茅原の彼女もβであるし、俺もそんな普通の幸せを着々と積み上げている茅原に憧れていた。度々それを口にしていたものだから茅原としても俺の日常を妨げようとする篠宮の存在が許せないのかもしれない。 だが茅原のその怒気を孕んだ声や表情に臆した様子もない篠宮はニコリと笑うと唇を茅原の耳元に寄せ、何事かを囁いた。 瞬間、篠宮の胸倉を掴みあげる茅原。 「ちょっ…茅原!」 ケンカはまずい…。しかも絶大な人気を誇る篠宮となんて! 茅原の腕を掴んで止めた俺に篠宮が微笑む。 「俺のために止めてくれたの?やっぱり優しいね。俺の佐伯は。」 空気が凍る音を、聞こえるはずもないのに聞いた気がした。 チッと舌打ちして俺の腕を掴み、もうすぐ授業が始まるというのに教室の出口へと向かう茅原。 授業に出ないのはまずいと思ったが、教室にも居たくはないので大人しく茅原について行く。 それでもなんだか気になって振り向いた教室には多くの生徒がいたはずなのに俺の目には、篠宮ただ1人が薄く微笑んでいるのしか見えなかった。 茅原に連れられやって来たのは実験を行う時などにしか使われない別棟。 そこまで来て漸く俺の手を放した茅原は息を吐く。 「佐伯…アイツと何があった?」 「え…。わ…わかんない…。昨日、放課後に突然首噛まれて…。俺βなのに…。」 「過去に何かした覚えは?」 「無いよ!…まともに会話したのも昨日が初めてだし。」 そう答えると茅原は眉を寄せた険しい顔をこちらに向ける。 「あのな…さっき篠宮が俺に耳打ちしたことなんだけど…、アイツ、“収拾はβの佐伯が皆の記憶から消えた頃につくんじゃない?”って言ってきたんだよ。」 茅原の教えてくれた事に、驚いて言葉が出ない。 学校に来るなと言われたのは過度な独占欲なのだろうかとも思っていたのに…。これは…間接的に『死ね』と言われているのではないだろうか?それも皆の記憶にも残るのを許さないなんて…。 一体いつ俺はそれほどの恨みを篠宮から買っていたのだろう…。 「とにかく…今後はどんな篠宮信者が絡んでくるとも分かんねぇから警戒しといた方がいいな。」 茅原の言葉にコクリと1度頷き、今後への不安で震えそうになる手を必死で抑えた。

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