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第7話

引き倒されたことが原因で後頭部には結構大きめのコブができてしまった。 あの日から2週間。 俺は相変わらず周囲から嫌悪や嫉妬の目を向けられ、ゴミを机に入れられたり、そもそも机を処分されていたりといった嫌がらせを受けていた。 ロッカーにしまっていたジャージを裂いてやろうとしていた女生徒を引っ捕まえた茅原の話だとどうやらこれらの嫌がらせは3年の津川先輩主導で行われているらしい。 津川先輩といえば先日篠宮に迫られた時に名前を出した通り、篠宮と付き合っているという噂があり、“そういう行為”をする関係なのだという話も聞いたことがある。だがなぜか篠宮は彼と番にはなっていない。 俺のことが好きとかいう理由で津川先輩とは番にはなっていないのか?という考えが過ぎるが振り払うように頭を振る。 篠宮は俺のことを番だと言い張るが、俺がβだと言うことは少し周りに聞けば分かる話だ先日もΩであれば消えるはずのない噛み痕が薄くなっていることに周囲が気付いたようで話題にされた。 だからこの話は津川先輩にだって伝わっているはず…。 番にしてもらえない津川先輩が痺れを切らし邪魔者を排除しに来ているのだとしたら、津川先輩の目的は俺と篠宮を引き離すことで、それは俺の目的と同じはずなのに…。 今朝も溢れんばかりに靴箱に詰め込まれたゴミを見て溜め息を吐く。 俺の周りの靴箱を利用する生徒も可哀想に…。 「はい。どうぞ。」 ゴミを取り除こうと手を伸ばした俺にいつの間にか横にいた篠宮が来客用スリッパを差し出してきた。 心臓が飛び出そうになるほど驚いて反応ができなかった俺に代わり、隣にいた茅原が篠宮にきつい視線を送ってスリッパごと篠宮の腕を押し返す。 「お前何が楽しいんだよ。津川先輩が主犯なのは分かってんだからすぐにやめさせろ。」 「やめるよう言ってあげても良いけど…前も言ったでしょ?それには佐伯にも協力してもらわなきゃ。」 「お前まだそんなこと言って…。」 「ねぇ、佐伯。」 隠すように立ってくれていた茅原の背の影にいた俺に篠宮が声をかけるとニュッと顔を出して微笑む。 「君がただ、俺のことを好きで俺の番になりたいって言ってくれるだけで良いんだ。」 それを言えば学校に来るのもとりあえず目を瞑ると言う。ただし部屋は篠宮と同室にされるそうだ。 今日も変わらず「簡単でしょ?」と続ける篠宮にやはりこの男の考えていることは俺には理解できないと感じた。 「んな上っ面だけの言葉、今更要らねぇだろ。いい加減にしろよ!」 「君には関係ないよ。俺は佐伯の言葉が必要なんだ。」 吠えるように言った茅原に篠宮は笑って返し、そしてまた俺を見つめて目を細めて笑う。 「佐伯。早くしてくれないと、俺も無理矢理言わせるしか無くなっちゃうよ…。」 ゾッと背筋に悪寒が走る。 この状況だって充分無理矢理に近いではないか…。いやしかし、茅原の言う通り明らかに偽りであるそんな言葉に、意味なんて何も無い。 言葉1つで嫌がらせが収まるのなら、と思う気は無くもないが、かと言って俺も宣言した後周囲がどう動くか全く予想がつかないし、何より篠宮が何かしら次の行動に移るのではないかということが心配で簡単にその提案に頷くことは出来ずにいた。 怖くて答えられないままの俺に篠宮が手を伸ばそうとした所で茅原が体を動かし俺を篠宮から遠ざける。 瞬間、不快そうに表情を反転させる篠宮。 「早く片付けて教室行くぞ。」 篠宮に背を向け靴箱の掃除を始めた茅原に、俺も慌ててゴミを片付けていく。 横に立つ篠宮が気になって1度だけ振り向くとすぐに目が合ってしまい肩が跳ねた。 「これ、使ってね。」 そう言ってスリッパを置いて去っていった篠宮に対し茅原は「新しいの取ってくるからそんなもん使うな!」と怒っていたが結局スリッパはどれも一緒だし、と思って少し気が進まなかったが大人しくそれを使うことにした。 一体こんな生活はいつまで続くのだろう…。

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