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第8話

それはあの昇降口での1件から更に1週間が過ぎた頃に起こった。 最早日課となりつつある靴箱の掃除を済ませ茅原と階段を上り教室へと向かっていた時、ザワザワと普段以上に騒ぎ立つ周囲に気が付いた。次いで嗅いだこともないような鼻をつく匂いと鉄錆のような香り。 不審に思いながら進むと俺のロッカーが薄く口を開けそこから黒い何かと赤黒い絵の具が零れて乾いたような跡が見えた。 恐る恐る近付いて正体を確認しようと扉を開けて、腰を抜かす。 「っ…!」 そこには首を切られて押し込められるように体を折り曲げられた何体もの烏の死骸があった。 堪らずその場で嘔吐した俺に周りが悲鳴を上げて逃げていく。服に少しかかってしまって、吐いたのは自分なのに余計に気分が悪くなった。 「佐伯…!」 俺の吐瀉物へか、烏の死骸へか、気分を悪くした様子の茅原が俺に近付き肩を支えゆっくりと立たせてくれる。 「これは…さすがにまずいから用務員さん呼んで処分してもらおう。お前はその服保健室で変えてもらうか寮に帰って着替えて来い。こっちは俺が片しとくから。」 そう言って吐瀉物に目を向けた茅原に焦る。 「い…良いよ!茅原にそんなことまで…。」 言いかけた俺を押して茅原が「良いから!」と強い口調で言う。その表情からは生き物の命を無碍に扱った犯人に対する憤りが伺えた。 その怒りの矛先は津川先輩か…はたまた篠宮か…。 そう言えば篠宮の姿がまだ見えない。 通常であれば俺たちが教室へ来る頃には既に篠宮がいるのだが…。 何か少し嫌な予感がしたが、感じたところで具体的に何をどうすれば良いのかなんて分からなかったのでとりあえず茅原に言われたとおり制服を着替えようとその場を離れる。 保健室の方が圧倒的に近いのだが、汚れた制服を早く洗いたい気もしたので部屋に戻ることに決め、校舎を出て寮に向かう。 そうして戻った寮で俺は言葉を失った。 「おかえり、佐伯。案外早かったね。」 部屋の住人以外…つまり俺と茅原しか開けられないはずの部屋の鍵を開け、更に俺の部屋へと続く扉を開けたそこに、ダンボールを持った篠宮がいた。 「なん…なんで…!?」 驚きと焦りに目一杯距離を取ろうと後ずさるがすぐに壁に当たってしまう。 「烏の死骸がロッカーに詰められていたんでしょう?さすがにもう佐伯の身の安全も危ういんじゃないかなってことで、漸く俺と同じ部屋に変えてもらう許可が下りたんだ。」 そう言いながら篠宮は恐らく寮監から借りたのだろうこの部屋のカードキーを振って『当然だろう。』と言いたげに笑う。 だがしかし前後の文章の繋がりが全くもって理解できない。少なくとも俺の身の安全は篠宮といるより茅原といる方が保たれるはずだ。 「それで佐伯の荷物の片付けを俺も手伝ってあげようと思って。これで全部で良いよね?」 そう続けた篠宮に渡されたダンボールがやけに軽かったので中身を見るとそこには歯ブラシしか入っていなかった。 「他にも必要なものあるかなって探したんだけど…特に見付からなくて。」 俺のことをバカにしているのかと思い顔を上げるとこちらに伸びる篠宮の腕が視界に入った。 そして───……… 「かっ…!」 押し潰したような情けない声が喉から漏れる。 俺の首にかかる篠宮の腕はこのまま骨まで押し潰してしまいそうな強さを感じさせ、ダンボールを放って懸命にその腕を引っ掻き逃れようとするが、まるで効果は見えない。 そうして抵抗していた俺の手が下に落ちる直前、篠宮のいつものキラキラした笑みが見えた。 「俺は充分、待ってあげたよ?」

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