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第9話
ずっと違和感はあった。
篠宮は俺の死が望みだったようだが、嫌がらせが続く割に俺が暴力といった類の被害に遭うことはまるで無かった。
あぁ、そういえば…。
最初に俺を引き倒したあの子…。彼女は確か隣のクラスから来てわざわざ篠宮を昼食に誘う団体に混ざっていたはずだけど…あれから姿を見ていない。
彼女は…いったいどうしたのだろう……。
篠宮に首を締められ気絶したらしい俺が意識を取り戻したのは1人で寝るには広すぎるベッドの上。眩しいほどに窓から光が差し込むそこは見たことのない部屋だった。
ただの寝室としてしか使われていない様子なのにやたらと広いそこに篠宮の姿は無い。
だが気絶する前に聞いた言葉から推測するにここは篠宮の部屋で間違いないだろう。
篠宮が良家の子息だという話は有名であったがこのような特別室が宛てがわれているというのは知らなかった…。
ここも私立の学園なので篠宮一家が多額の寄付金を送っているということだろうか?
とりあえずここが篠宮の部屋の一部であるとするならこんな所にはいられないとベッドから出ようとしたところで、脚に触れる異物感に気が付いた。
見るとそこにはカチリと嵌められた無機質な足枷とそこから備え付けのデスクの柱へと伸びた鎖。
「気が付いたね。気分はどう?」
驚きに言葉を失っていると1つしかない扉を開けて篠宮が現れた。
「篠宮…!なに!これ!」
反射のように篠宮に顔を向け説明を求め足元を示した俺の指。それを震わせるものの正体が、怒りなのか恐怖なのか自分でも分からない。
「あぁ、これね。酷いよね。これじゃまるでペットみたいじゃない?」
「…え?」
自分の仕業ではないように語った言葉に眉を寄せる。
「でも仕方ないんだ。だってβの君は、血では縛れないから他のもので縛るしかないでしょう?」
当然のようにそう続けて清々しい笑みを浮かべた篠宮に反抗するような言葉は、悲しいことに俺の口から出てきてはくれなかった。
「……俺のこと、ここで殺すの?」
「?何言ってるの?」
篠宮は、とぼけたような顔をして笑う。
しかし俺は知っているのだ。篠宮が俺の死を望んでいることを。
「っ知ってるんだよ!篠宮は俺に消えてほしいんだって…死んでほしいんだって!けど…。」
「ねぇ。そんな下らないことを佐伯に吹き込んだのはあの男?」
恐怖に呑まれ声を荒らげていたはずの俺は、底冷えするような声に更にビクリと体を震わせて顔を上げた。その視界には微笑む篠宮。
「え?…え、でもだって…。」
俺は混乱する脳内を上手く纏められない。
違うのか?俺の死を望んでいる訳ではない?ならこれは…今までのことは…本当に好意からだとでも言うのか…?
「佐伯。次そんなこと言って……あの男がどうなっても、泣いちゃダメだよ?」
困惑したままの俺にニコリと篠宮は笑って1度キスをする。2度とこの話を口にするなと、言葉よりも強く、強く言われた。
「さぁ、お昼ごはんを作ったから一緒に食べよう。着替えてこっちにおいで。」
そう言われ差し出された衣服にハッとして自身の格好に目を向ける。
着ていたはずの制服はどこかへ消え、俺は下着もなく、初めて見る大きめのシャツを1枚羽織っているだけだった。俺を着替えさせた人物は、わざわざ聞かずとも想像がついたので羞恥と怒りに顔が赤くなる。
差し出された衣服を確認するがそれも少し丈が長くなっただけのシャツ1枚であった。
俺の部屋で手渡されたダンボールの中身を思い出す。ここでは篠宮の許したものしか俺には与えられないということか。
殺したいのではないらしい。しかし…この男はどこまで俺を辱めれば気が済むのだろう。
握りしめた新しいシャツの中で、爪が折れる鈍い音が響いた。
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