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第10話

「痛む?大事にしてね。佐伯の体が傷付くのは俺も悲しいんだ。」 俺の首を思いっきり噛んだことはどうやら傷付ける行為に含まれていないらしく、篠宮は労るような手付きで包帯の巻かれた俺の指先を優しくさする。 暫くの間切るのを忘れてしまい伸びていた爪は、握りしめたことで剥がれるようにシャツの中で折れていた。折れるまではそんなにも強く握っていたのだと気付かなくて、折れた瞬間自覚した激しい痛みに呻き声をあげてしまった。それを聞いて寝室へと戻ってきた篠宮は甲斐甲斐しく手当をしてから、今も目の前で俺の手を見つめている。 「…篠宮…。」 「なあに?」 ただ名前を呼んだだけなのに嬉しそうに顔を上げる篠宮。その顔は相変わらず天使のように美しい。 この顔の裏に、俺への敵意が本当に無いのだとしたら…そこにあるのは……。 「俺は、篠宮の番にはなれないよ。篠宮はαなんだから…ちゃんとΩの番を作らなきゃ…。」 言い切った俺に篠宮は何も返してこない。 伝えたいことはきちんと伝えたと思うが、篠宮が目の前にいることに対する不安でか、心臓がひどく早く脈を打つ。 依然黙ったままの篠宮のことが気になって目線を少しずつ上げていくと、俺が篠宮の顔を視界に入れるより先に額に柔らかい物が触れた。 更に上げた視界の中にやたらと近い篠宮の顔が映って額にキスをされたのだと気付く。 「分かってるよ、佐伯。俺もいずれは番を持たなきゃいけないってことは。でも今はまだ時間が必要なんだ。…佐伯も分かってくれるよね?」 それは…番を見つけるまで遊び相手になってくれということだろうか…。 俺への感情が好意だとして、それはそれで問題だと思っていた。しかし篠宮にも一応Ωと番う気があったらしいことが分かりホッとする。 篠宮が一時的な相手に俺を選んでいるのだとしたらこれが続くのはせいぜい卒業までの残り1年半だと見通しがつき、少しばかり未来が明るくなるが、今の状況が芳しいと言えないことに変わりはない。 篠宮は今までの行動から思うに、無理矢理に俺を抱こうとする気はないようだがいつ態度を変えるとも分からないし、本当に敵意が無いとも言い切れない。 暫くは様子を見て、タイミングを見て逃げ出すしかない。 「あの、篠宮…。俺、午後の授業から出席したいんだけど…。」 無理だろうと思いつつ一応授業に出たいことを切り出してみたのだが案の定それは断られる。 そうは言っても出席日数などもあるし…と食い下がろうとした俺に篠宮はまた額に口付ける。 「勉強は俺が教えてあげるから。ね?」 したいのは勉強ではなくて、きちんと学校を卒業することと茅原や他の人がいる日常にほんの少しでも触れることなのだが…。 しかしやはりそれは叶わないようで、これ以上この話題を引っ張るとあらぬ方向へ飛んでいきそうだと思ったのでその日はそこで話を切り上げた。

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