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第19話

藤本の部屋で、ただ彼を待っていた時間は果てしなく長く感じた。 藤本は津川先輩からちゃんと逃げられただろうか…。 やたらと遅い部屋の主の帰りに嫌な想像ばかりが駆け巡る。もしかして俺を犯していた4人が目を覚まして津川先輩に加勢したのではないだろうか。 そもそも津川先輩と藤本では体格差がある。いくら藤本が刃物を持っていたのだとしてもその形勢はなかなか逆転しないのではないだろうか。 いや、それよりも俺と藤本を発見した時の津川先輩は協力者…恐らく最初に津川先輩の両サイドに控えてた女生徒が近くにいる口ぶりだった。彼女たちが後から現れて共に藤本を捕えてしまったのだとしたら…。 考えるほどに悪いものばかりが溢れ出し、いてもたっても居られなくなるが、ここで俺が出ていって一体何ができると言うのか。 俺の特技と言えば唯一、足が人より早いくらい。お陰で茅原の時も今回も自分だけが無事に逃げおおせているわけだが、誰も助けられないのであればこんなもの、何の役にも立たない。 だがそこで藤本の持っていたナイフの存在を思い出し顔を上げる。 小柄な藤本がより大きな津川先輩を一時でも凌ぐに至ったのはあのナイフの存在があったからだ。 急いでキッチンに向かい包丁を手に取る。 こんなものを、人に向けて握ろうと思う日が来るなんて…。 篠宮に告白されてから…それまで考えたこともなかった日々が俺の日常を、精神を、蝕んでいたことを痛感する。 ぼんやりと光を反射するそれには、俺の影は薄くしか写っていないけれど、きっとはっきり写っていたとしても俺には今の自分を直視することは出来なかったと思う。 藤本は…あの子はなんでナイフなんて持っていたのだろう。 男の誰かが眠っていなかったら脅す気でいた? それとも津川先輩が現れることはある程度予想の範囲内で、そのために予め準備していた? 何にしても…人に向けてあれを振り上げるのは…相当な覚悟だったはずだ。 「ふぅ…。」 俺のために藤本が背負ったであろう覚悟を思って俺も藤本のために覚悟を決め、息を吐く。 剥き身の包丁を持ち歩いていたら他の生徒に見つかって騒ぎになるだろうか?休日も敷地内を出歩く生徒は多い。だが、それならそれで好都合だ。わざわざ人を呼びに行く手間が省ける。 包丁の柄を今一度強く握り直して口を引き結ぶ。 さぁ、行こう。とキッチンを出ようとしたところで玄関扉の開く音が聞こえた。 「っ藤本!」 思わず片手に包丁を持ったまま走り出す。 だが俺が玄関先で見た人物は、俺の思っていたものではなかった。 「だめでしょう?佐伯。」 その声を聞いた瞬間膝から崩れ落ちる。 なんで、ここに…。 「久々に会ったのに、最初に呼ぶのが他の男の名前じゃあ…俺も気分が良くないよ。」 座り込んだ俺の正面、廊下の先の玄関扉の前には、暗い闇色をした瞳を携え手足を血に染めた篠宮が口を歪めて立っていた。

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