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藤本 1
シャツ1枚でエレベーターに乗り込もうとした彼を見た時は、ついに僕にもチャンスが巡ってきたのだと確信した。
βであったはずの彼が、αである篠宮くんの番になったという噂が突然立ったのはもう1ヶ月以上も前の事だ。
彼は番であること、自身がΩであることを否定していたが、番でない…彼がΩでないのだとしたら篠宮くんがβを構う理由がまるで見つからない。
だってαはΩを選ぶものだから。
だが部屋に連れて行った彼は本当に自分はβなのだと真剣に訴えてきて、もう篠宮くんの噛み痕が消えて無くなった項を示した。
そうか、彼は篠宮くんと番ではないのか…。
発情期を外してしまっただけかもしれないが、彼がβなのかΩなのかなんてことは僕にとってはどうでも良かった。
どちらにしたって彼はこの後、望まない相手に体を開かれる運命なのだから。
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彼に対する嫌がらせは最初、彼を事故に見せかけて殺すつもりで行われていた。番契約は片方が死ななければ解消されない。それなら彼は死ぬしかないのだ、と。
しかしその計画はすぐに中止となる。
彼にコブを作った女生徒がその当日中に突然消息を絶ったからだ。
『学校に来なくなるようにしてくれるのは良いよ?けど手を出したら、分かるよね?』
篠宮くんはそう言った。彼が学校に来なくなるのはどうやら篠宮くんの望みらしい。
そんな中で篠宮くんに1人が尋ねた。「本当に付き合っているのか?」と。篠宮くんは少し考えた素振りの後に微笑む。
『そうだよ。君たちとしては、許せないよね?』
付き合ってなど、いない。
彼はどこかで篠宮くんの不興を買ったのだ。
だからこうして僕たちを焚き付けたのだ。誰もがそう思った。今であれば、これは篠宮くんが「彼が学校に来なくなるのにこいつらを使える」そのくらいに思ってした発言だと分かるのに。
『寮監に、命に関わりそうな明らかな理由が無いと部屋は移せないんだって言われちゃって。烏の死骸でも詰めといてくれないかな?結構インパクトありそうだよね?』
そしてまた僕らの前に再び現れた篠宮くんはそんなことを言った。
部屋を移すというのはそもそも彼の部屋を寮から無くしてしまおうということだろうか?そこまで篠宮くんは彼を嫌っている!
彼との番契約は成立していないという噂も相俟って、皆の意見が篠宮くんは彼を学園から消そうとしているということで一致した。彼にやたらと構うのは、虐められた相手の顔を楽しみたいから、なんて誰かが言って、皆納得しながら烏の首に鉈を振り下ろした。
だが、蓋を開けてみれば彼が姿を消した先は篠宮くんの部屋。そして僕らはその日から一切の連絡を篠宮くんから受けることが無くなった。
篠宮くんの相手は今まで津川先輩しかしたことがなかったし、僕はあくまで津川先輩のいるトップグループの一員だった。特に目立つこともなかった僕のことを篠宮くんはクラスメイトなのにきっと名前すら覚えていないだろう。
こうして津川先輩と篠宮くんの繋がりが絶たれてしまえば、僕はどうあってももう篠宮くんに近付くことはできないと、悔しくて涙が出た。
だが、そんな途方に暮れながらエレベーターを降りた僕の前に降って湧いた好機。
やはり、篠宮くんのことを知るためには彼と篠宮くんの関係をきちんと明かすしかない。
そうすれば僕が…僕だけが篠宮くんの真意を知り、寄り添うことができる。
そう思っていた。
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