21 / 29

藤本 2

彼の話をきちんと聞いた上で得たものは、篠宮くんの彼に対する狂気にも似た愛情だった。 エレベーター前で彼に声をかけた時は正直まだ少し、篠宮くんは彼を嫌っているはず、という思いがあったため、Ωであったなら辱めた上で適当な番を宛てがい、βであったなら自殺するまで嬲れば篠宮くんの中での僕の評価が上がると考えていた。 しかし実際の篠宮くんの考えというのは彼とただ一緒に居たい。それだけだった。 そして気付いた僕は篠宮くんにそれ程の愛情を向けられる目の前の彼が、余計に憎くて堪らなくなった。だが、不用意に事を起こしたのでは僕が篠宮くんの怒りを買ってしまうだけだ。 彼の位置に僕が収まる方法を何か考えなければ…。 そうして考えたのは僕が彼を助けたように演出し、その後で彼を消すこと。そこに篠宮くんも立ち会ってくれれば、これ以上喜ばしい状況なんて無い。 彼はいなくなり、残るは亡き恋人を助けてくれた僕と、恋人を失った悲しみに暮れる篠宮くんだけ。 篠宮くんは今の時点でもかなり憔悴している。最初は津川先輩の関与を疑っていたけど篠宮くんが津川先輩に詰め寄った時、彼は僕の元に居た。津川先輩は知らなくて当然だった。 『彼はやはりΩであることを隠していました。』 彼が僕の部屋にいることを伝えた上で、そう一言口添えすれば、顔しか取り柄のない津川先輩はすぐに‪彼を犯す算段をつけ、僕の思った通りに動いてくれた。 『篠宮くん?同じクラスの藤本です。あの、佐伯くんが津川先輩たちに捕まってて…。これから僕は佐伯くんを助けに行くから篠宮くんも早くこっちに来て!部屋の番号は…。』 篠宮くんが今日校舎側に行っていて、今も帰っていないことは確認してある。 一般寮から校舎へと続くドアは1階で、僕の部屋や篠宮くんの部屋がある特別生向けの寮へと続くドアは2階。いくら彼が手負いだとしてもさすがに篠宮くんが校舎からここへ来るまで一般寮6階フロアに留まっていることはないだろうし、前回の行動や彼が陸上部だったことからするに彼は動き出したエレベーターを見たらまた階段を使って逃げるだろうから、篠宮くんと彼がエレベーター前で鉢合わせる危険もない。 扉を開けて外へ飛び出していった彼を見ながら計画が成功するよう祈った僕に津川先輩が殺すだのなんだの吠えてくる。 ここに入る直前、敢えて津川先輩が従えている女生徒たちの目に映りこんだ僕に、ホイホイ釣られてやってきた頭の足りないこの人とは、ここでお別れだ。 どうせプライドの高いこの人のことだから後輩の僕に裏切られたなんて知られたくなくて女生徒たちを自分の部屋で待機させているんだろう。彼女たちがここにいたらまた状況は変わったかもしれないのに。 後は篠宮くんがこの部屋に来た時に「僕が彼を匿っていたこと」「彼が僕の部屋で待っていること」をバレないようにしながら部屋に戻って彼を片付ける。 それだけ。 津川先輩には力では到底適わないだろうからと思い持ってきたナイフを手のひらで遊ばせながら、今後のことを考えると自然と上がってしまう口角を懸命に自制する。 だが暫くしてから現れた篠宮くんの姿に目を見開いた津川先輩を見て、僕は遂に堪えきれなくなり笑ってしまった。

ともだちにシェアしよう!